Music Ally UKがオンラインで開催する無料カンファレンス「Sandbox Summit Global」では、音楽マーケティングの最新事例やツールを議論するトークが続く中で、「音楽マーケティングとCOVID-19の影響」と題したパネルディスカッションが行われました。ここでは、音楽マーケティングの戦略やプランニングに、COVID-19がどう影響を与えたか、どんな変化を余儀なくされたか、ライブやツアーが出来ない現状での効果的なキャンペーンについて議論されました。
登壇者は、イギリスからはインディーアーティストを配信するAWAL RecordingsのUKマーケティング兼オーディエンス開発責任者のアーロン・ボガッキ、インドのインディーレーベル、A&R、クリエイティブ会社のBig Bang Musicの共同創業者Gaurav Wadhwa、音楽ディストリビューターThe Orchardのスウェーデンで北欧アーティスト&レーベルサービスのディレクターを務めるニコ・サドル。
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まず始めに、Wadhwaが目の辺りにしてきた、インドの音楽業界やエンタテインメント業界のドミノ効果に触れました「インドの音楽業界では、短期間で幾つかの転機を迎えました。まず、TikTokの利用が禁止されたこともあり、すぐに似たアプリを開発するライバル会社が7、8社立ち上がりました。また、強い影響力を誇るインドの映画産業がCOVID-19によって停止したため、音楽業界にもそのダメージが飛び火してきました」
「映画の撮影が止まり、新作映画の公開も止まったため、産業がより独立しようとする文化が急増しました」インドの音楽ストリーミングサービスは、映画産業と繋がりの少ない、インディペンデント・アーティストを聴くオーディエンスを獲得するための、取り組みに注力するようになった業界の変化を指摘します。
「新しいジャンル、ニッチなジャンルが生まれました。オーディエンスは新しいサウンドやアーティストを発見しています。通常の音楽マーケティングができないからこそ、イノベーションが生まれています」とWadhwaの現状を述べました。
The Orchardのサドルは、音楽マーケティングにおけるCOVID-19が与えた影響は「SNSに後ろ向きだったり、躊躇していたレーベルやアーティストが、その重要性を理解したこと」だと述べます。
「アーティストやレーベルは、SNSがどれほど重要かを認識しました。SNSの活用に、ロックダウンの間の時間が費やされました」
AWAL Recordingsのボガッキは、サドルの意見に合意します「元々アーティストが躊躇していたが、COVID-19によって、彼ら本人がやらざるを得なくなった。これは同時に、彼らに多くのプレッシャーをかける事となってしまっています。SNS疲れが見られます。それは私たちも同じです」
ボガッキはまた、大手ブランドが広告出稿を相次いで見送ったことにより、全体のオンライン広告費が大幅に下がるなど、マーケティングにおいてポジティブな兆候もあったと言います。一方で、通勤時間中の再生数が失われる課題や、安全に音楽動画コンテンツを撮影する課題には今後も対処しなければならないことも指摘します。
若手アーティストに欠けている活動
サドルはまた「COVID-19の自粛期間は、SNSに消極的だったアーティストの恐怖心を取り除いてくれた」と語り、またBlack Lives Matterの抗議活動のような世界的に団結する流れが増したことで、アーティストがSNSで多くの見解を共有する理由に繋がったとも言います。
SNSでの発信とエンゲージメントを語ってきたパネルだが、ボガッキは若手アーティストへ警鐘を鳴らしています。特に、ライブストリーミングが、ライブハウスから得られたはずの収入には及ばないことを指摘します。
「若手アーティストにとって、ツアーで起こるあらゆる出来事が重要です。ステージに立って、自分の音楽を人の前で試して、何が上手くいかないか、どんな反応が得られるかを実際に見ること。そこからストーリーが作られ、曲が生まれます。こうした経験がアーティストのキャリア育成に繋がります。今、若手アーティストには、これが欠けています。自宅からTwitchで配信しても、アーティストとして成長することはありません。Twitchやライブストリーミングに甘んじているアーティストは、視聴者をエンゲージさせる体験は気持ちいいかもしれませんが、クリエイティブを養うことには繋がらないでしょう」
サドルは、ロックダウン中に、高いクリエイティブ性を発揮したインディーアーティストの事例として、アルバムリリースが延期された、スコットランド人シンガーソングライターのニーナ・ネスビット(Nina Nesbitt)のTikTok活用を挙げました。サドルは、多くのアーティストがプラットフォーム本来の使い方ではなく、新しいクリエティブな方法を開発していると述べます。
新時代グローバリゼーションとハイパーローカルの流れ
Wadhwaもまた、音楽の製作方法が、新たなテクノロジーや、オーディエンスの新しい聴き方を取り込み始めていると言います。
「多くのアーティストは今、15秒のデモを作るようになった。TikTokで人気を得た曲は15秒で認知されるからだ。間違いなく音楽製作のスタイルが変わっている。プラットフォームで機能するスタイルが軸になる。以前はラジオやライブで盛り上がる曲だったが、今は15秒内で認知されることが重要視されている」
サドルは、音楽業界のグローバリゼーションについて、2つのトレンドを示しました。BTSやバッド・バニーなど、韓国やプエルトリコからのアーティストが世界的なポップスターに成長するトレンドが増えた一方で、ヨーロッパや北欧のヒップホップなど、局地的なローカル音楽シーンにおいて、熱狂的な人気を誇るが、海外では全く知られていないドメスティック・アーティストが存在するトレンドの2パターンが見られると指摘します。
またサドルは、2020年が音楽業界にとって「投げ銭経済」に初めて足を踏み込んだ重要な年になるとも言います「長年、ファンから投げ銭を受け取れたのは、TwitchかYouTubeでした。今ではSpotifyでも出来ます。Facebookでもインフルエンサーが活用しています。アーティストは投げ銭のような仕組みから収入源を生み出す必要があるのです」
ボガッキは若干異なる見解を示します。アーティストが新しいチャンスを得ても、伝統的な考え方は今も有効だと述べます。つまり、プラットフォームでオーディエンスを獲得したなら、そのオーディエンスを最終的に、必ず自分のコミュニティに誘導しなければならないことを指摘します。
「Twitch、Facebook、Instagramでの活動は、Twitch、Facebook、Instagramが抱えるオーディエンスをアーティストが借りているだけなのです。アーティストがオーディエンスを抱えているわけではないことを理解してください。彼らにアーティストが運営するコミュニティに参加したくなる理由を与えてください。強引な理由である必要はありません」
Photo by Music Ally, Gansstock/Shutterstock