本稿は、音楽制作アプリ「Endless」のCEOでファウンダーのTim Exile氏によるゲスト寄稿記事です。本事業のアプリ開発と併せて、非常に面白い実験的なプロジェクトを複数行っているEndless。近年、ゲームや仮想現実(VR)、拡張現実(AR)といった分野で、緩やかに複数のスペースが繋がったデジタル空間の集まりとして「メタバース」が注目を集めていますが、TimとEndlessは、音楽がどのようにしてメタバースと結びつくのかにも興味を持っているとのこと。そこで今回はTimに、メタバースと音楽の将来について、寄稿してもらいました。メタバースはエキサイティングな新しい環境だと語る同氏。人々とデジタル空間との関係性自体に大きな価値とビジネスチャンスがあると考えているようです。
メタバースの到来
メタバースが実現しつつあります。この領域が我々に提示しているのは、人々の現実を映し出すオンラインの鏡のような存在です。バーチャルでの「リアル」な体験を可能にするこの新しい世界は、オンライン空間が実生活の延長となることを示唆しています。メタバースは現実世界に存在する空間、関係性、文化、といった特徴を共有するスペースであり、人々がより多くの時間を過ごす目的地となるでしょう。
現実世界では、一つの場所に人が集まり、行動することで、その場所の価値や人々のステータスが決まります。メタバースでも同様です。そしてメタバースでは、今日のコンテンツ制作プロセスが変わります。全員が文化と価値の創造に参加する、社会的なコラボレーションへと形を変えるでしょう。今後数年間でメタバースがどんどんと繁栄するにつれて、何兆ドル規模の文化的経済活動が生まれるでしょう。
「リアル」と「メタ」 の交差点
今日、私たちは、オンラインでの主なやり取りは、アプリやサイトでコンテンツを見つけ、シェアし、エンゲージメントを持つという形で展開してきました。SNSは、現実の生活を記録する手段となりました。そして話題を集めるバイラル・コンテンツは、私たちをSNSやアプリに引き戻し、さらに多くのコンテンツを消費させることに一役買っています。このサイクルを通じて、SNSは成功し、今でも成長を続けています。しかし、現実世界という観点から考えた時、SNSは実際に存在する場所とは言い切れません。
一方、メタバースは現実世界で存在する空間に似せることができ、バーチャルな空間内でオンライン生活を送ることも可能です。その点で、メタバースは現実世界を拡張したものだと言えます。ソーシャルメディアは今では、人々の注目を生み出すコンテンツを燃料にして繁栄しています。メタバースで繁栄する際には、「人々の共存」(同時に同じ場所に参加すること)と、「構成の組み替えが可能な」やり取りが軸になります。
それでは、メタバースにおけるクリエイティビティはどのように生み出せるでしょうか?
それは、複数の人々がリアルタイムで同時に仮想空間に参加した時に生まれます。共創活動は、チャットやゲームプレイ、経済的な取引と並び、メタバースで行われるインタラクションの1つになるでしょう。メタバースにコンテンツがないという意味ではありません。メタバース内では、人々とメディア消費やコンテンツとの関係は逆になります。コンテンツが「容器」になるからです。
「容器」 の役割
メタバースの本質を理解するには、ロンドンの老舗ジャズクラブ、Ronnie Scott’s Jazz Clubに行く体験に似ています。クラブに一歩足を踏み入れると、来場者は会場の歴史、空間と装飾、出演者を理解した上で、空間との関係性に参加することになります。会場には、過去にこのクラブで演じた演者たちのサイン入りの写真が飾られ、Ronnie Scottのブランドにストーリーを与える伝説や演出が空間に溢れています。そして会場の雰囲気によって様々な要素との関係性が増幅され濃縮された、来場者は音楽を儀式として体験します。
Ronnie Scott’s Jazz Clubのようなクラブは、人々が集まれる、生活空間のための容器と言えるため、メタバースでの体験を想起させます。ライブするアーティストによって会場の豊かさや深さなど価値は増え続け、新しい体験が常に加えられることで、空間がリフレッシュされていきます。この空間での音楽体験や儀式は、録音物から、画像、動画などのメディアを生成します。SNSで宣伝するためのプロモーション素材として使うことも出来ますが、これらのメディアは、空間のブランディングを強固にする役割を果たします。これがメタバースにおける最大の効果です。
新しい経済圏
メタバース空間で利用されるコンテンツは、リリースしたり発表して終わりではなく、共存する人々が継続的にやり取りを積み重ねて展開されていきます。人とコンテンツとの関係性は終わらず、進化していきます。コンテンツは様々な構成で変化し、積み重ねがアーカイブとして残ります。それがまた、空間をさらに豊かにするのです。私たちが何を、どのように、どこで、誰と作成するか、すべてが重要なメタデータとして記憶されます。このメタデータは、創造性の価値を証明する存在であり、またそこから生まれた文化的なステータスを、創作に参加する人々と創作空間に帰属させるのです。
メタバースにおけるアウトプットは、コンテンツを大量に作って、人々の注目を集めようとする競争ではなく、シンボルやストーリー、体験の創出に変わります。私たちは人が集まる空間の価値と、そこに集まる人々のステータスを捉え、より濃縮する形で伝えていくことが重要です。
Endlessでは、2019年に製品をベータローンチして以来、クリエイターや創作活動のためのメタバース対応の製品を開発してきました。私たちは音楽から始めましたが、オーディオ、動画、画像、コーディングなど、あらゆるクリエイティブなメディアに適用されます。
今後数年内にメタバースの可能性が現実のものに変わる中、Endlessではオンラインでやり取りする手法を変え、あらゆるクリエイターに無限の可能性を提供するインフラストラクチャを構築するという役割に携われることにとてもワクワクしています。
翻訳:塚本 紺
編集:ジェイ・コウガミ
Photo by Barbara Zandoval on Unsplash