• 投稿カテゴリー:音楽業界

本稿は、音楽ファイル共有プラットホーム「Byta」のファウンダー、マーク・ブラウン(Marc Brown)による寄稿記事です。Bytaは、今日の音楽業界における「音楽ファイルの共有」の現状、頻繁に使われる音楽ファイル共有プラットフォーム、ファイル共有の課題や不満を、アーティストやマネージャー、レーベルなど業界関係者を対象に調査した結果をまとめたレポート「The State of Music Sharing 2021(音楽シェアリングの現状 2021年版)」を発表しました。

最初に、賛否両論を呼びそうな意見を述べたいと思います。それは、昨今の音楽業界で起こる問題は、「音楽ファイルの共有」にある、ということです。

本稿では、その理由を簡単に説明します。そして、私たちが発表したレポート「The State of Music Sharing 2021(音楽シェアリングの現状 2021年)」を通じて、音楽業界の関係者から得られた洞察を深く解説します。音楽ファイルの共有をテーマにしたレポートは、これが音楽業界で初めてとなります。

今日、音楽の創造と流通は民主化し、コモディティ化しました。制作のためにレコーディング・スタジオに籠もる必要はありません。商品を流通業者に配送する時代は、過去のものとなりました。現代は、誰でもアプリを使って曲を作れるだけでなく、ミックス、マスタリングを行い、主要な音楽プラットフォームにワンクリックで配信できます。

テクノロジーで進化した現代の音楽シーンの進化に、悲観する人は少なくなってきました。勿論「プラットフォーム企業が運営するストリーミング・ビジネスでは、アーティストに公正な報酬が支払われない」という代償の改善を主張する人は多いはずです。この議論は、本稿の狙いではありません。私が皆さんにお伝えしたいのは、アーティストへの収益分配がいくらかになるか、の議論では、業界が抱える問題の本質は解決できない、ということです。アーティストの多くは、配信した音楽が聴かれない状況にあります。仮に、配信からの収益の100%がアーティストに支払われたと仮定しても、再生回数が0なら、収入は0ドルです。

これは、特に驚きの新事実ではありません。2020年、Music AllyのStuart Dredgeが、SoundCloudで配信される曲の半分以上は誰にも聴かれていない、という事実を記事で明らかにしました。SoundCloudだけが問題ではありません。2020年2月の時点で、Spotifyには毎日6万曲が新たにアップロードされており、これは1.4秒ごとに新曲がSpotifyにアップロードされている状況です。曲をリリースするのは簡単になった一方で、誰かに聞いてもらうのは、これまで以上に難しくなっていると言えます。

Bytaの創業者として、私は常に、どうやって新しい音楽を人が発見できるか、について考えています。Bytaでは、非営利の教育チーム「#HowWeListen」を立ち上げました。ここでは、アーティストや音楽ビジネスに関わるチームが、昨今の音楽業界と交渉する際の複雑な問題に焦点を当てた活動を行っています。

「音楽を発見してもらう方法」を、常に考える人たちは、今も大勢います。一例は、新しい音楽を広める活動を続けるメディア関係者、音楽ライター、ラジオのDJです。誌面やオンラインメディア、そして今でも重要なメディアであるラジオで、音楽をオススメしています。

少し前、イギリスの著名な音楽ライターが、音楽ファイルの共有についての悩みをTwitterに投稿しました。その内容は、メディアが新しい音楽を応援しようにも、レーベルとプラットフォームがプロモーション時に新しい音楽を見つけにくく、聴きにくくしている、という現実をアーティストは知ってほしい、とファイル共有の方法を悲観する内容でした。

繰り返しですが、これは新しい問題ではありません。大量のファイル共有や新曲を管理しなければならない人にとって、これは常に苦労の種でした。

私の友達の音楽ライターのショーン・レイナルド(Shawn Reynaldo)は、 元XLR8R編集長で、現在はフリーランスとしてPitchfork、Resident Advisor、NPR、SPIN、DJ Mag、Bandcampなどで執筆を行う以外に、「First Floor」という素晴らしいSubstackを運営しています。ショーンと私はパンデミックが始まってから、Zoomで会話をするようになり、デジタル音楽市場で繰り返し議論される多くの課題について、いくつかの共通認識を持っていることに気付きました。

彼との会話から生まれたのが、「Digital Blues:The Day-to-Day Challenges of Music Sharing(デジタル・ブルース:音楽ファイル共有の日常課題)」という記事シリーズです。このブログ記事は、現代の音楽業界のファイル共有方法に複数の問題があること、日常的にあらゆる場面で問題が発生していることを指摘しています。

長年、音楽業界で働いてきた人の中には、これはニッチな問題にすぎない、音楽業界のエコシステム全体からすればマイナーな問題だ、と断言する人もいます。しかし、私たちは、これが音楽エコシステム全体に影響を及ぼす将来的な問題であると考えます。

そこで、私たちは、音楽業界で初めて、音楽のファイル共有に関するレポートを作成しました。レポート作成の調査は、モントリオールのMcGill大学で音楽テクノロジーの博士号を取得しているジョン・サリヴァン(John Sullivan)博士の元で行い、公平性を追求しました。そしてショーン・レイナルドがレポートの完成版を執筆し、定量的かつ読みやすい形式で調査結果をまとめました。

「The State of Music Sharing 2021」レポートの中で見つけた重要なポイントを以下にまとめます。レポートからの引用に加えて、私のコメントも加えました。

①優先度が高いメタデータとセキュリティ問題

問題の多くは、技術的な理由が原因です。私たちは調査でファイル共有に使われるプラットフォームを3つに分類しました。

1.汎用ファイルサービス(GFS):Dropbox、Google Drive、WeTransfer、iCloud、その他

2.アーティスト・ストリーミング・プラットフォーム(ASP):SoundCloud、BandCamp、その他

3.ウォーターマーク・プロモーション・サービス:Disco、PromoJukeBox、FATdrop、その他

これらのプラットフォームの多くは、音楽ファイルのメタデータの読み取りと書き込みはサポートしていません。また、ファイルを送受信するアーティストやマネージャー、レーベル関係者、メディアなど、ユーザー間でも、メタデータに関する知識にギャップがあります。音楽ファイルとメタデータの有効的な活用方法のノウハウは、業界共通の慣習は存在せず、属人的で間違った慣習、もしくは慣習が存在していないことが、問題を引き起こす原因です。

これは、以前から音楽業界で働いており、デジタル技術への適応が遅れてきた世代に限った話ではありません。音楽業界に入ってくる若者、新しい世代も、メタデータに関する基本的な知識が不足しているのです。

音楽ファイルの共有で生じるセキュリティ問題に対する意識は、以前と比べても、あまり変わっていないと言えます。調査で、セキュリティを懸念事項だと評価した人々はいましたが、具体的な脅威が何か、を指摘することはできませんでした。

②受け手は自分が欲しい形式で求める

ファイルを送受信するのは、ストリーミングとダウンロードのどちらが良いのか、の議論に、一つの回答は無いことをお伝えしておきます。この点は、私たちの調査における重要な発見だと考えます。これは、メディアビジネスや広範な音楽業界の関係者、アーティストの間でも聞こえてくる不満です。これはファイル共有の影響範囲がとてつもなく広いことを裏付けています。

私は音楽の共有が抱える課題を、社会問題として認識してきました。これは特筆しておきたいと思います。ファイル共有におけるストリーミング対ダウンロードの論争の一因は、音楽共有の技術革新が足りていないことに原因があります。しかし、音楽は本質的にとてもソーシャルなもので、その性質はファイル共有にまで及びます。

オーディエンスがより容易に音楽を聴くためには何が必要か、について議論を続けなければ、的はずれなコミュニケーションばかりでは、新しい音楽との出会い方に影響が出るでしょう。特にメディア関係者は、音楽が広く共有される前段階でコラボレーションできる機会が妨げられてきました。

③柔軟性は重要。機能性はさらに重要

この洞察は、技術革新の欠如が問題、という私たちの主張を裏付けると同時に、音楽ファイル共有プラットフォームが機能拡張することが解決策ではないことも示しています。音楽ファイルのやりとりに追われる人は、シンプルさを求めています。シンプルさは、今日のデジタル世界に求められる様式です。

調査回答者は、音楽ファイルの送受信に平均4.8種類のプラットフォームやツールを併用していると答えました。これは、例えばコミュニケーションアプリがWhatsApp、Facebook Messenger、iMessageなど乱立する現代と共通していることを示唆します。

本稿の締めくくりに、皆さんに考えて欲しいのは、新しい音楽の発見に関する基本的な調査が、なぜ今まで現れなかったのか、ということです。音楽のファイル共有は混乱している、と多くの人が既に問題として認識している現実を裏付けています。この問題を共有していくことで、議論を始めるきっかけとなることが、調査を発表したBytaの目標です。

仕事仲間やコラボレーション相手に対して、「音楽ファイルの共有をより簡単にするために何ができますか?」と話し始めることが、最初の一歩となるかもしれません。

Source: The problem with music sharing (guest post) – Music Ally

翻訳:塚本 紺

編集:ジェイ・コウガミ