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本稿は、音楽・メディア・エンターテイメント分野が専門のイギリスの法律事務所「Simkins」のパートナーであるニック・エジーフラ(Nick Eziefula)弁護士によるゲストコラムです。本人もレコーディング・アーティストであり、音楽やエンタテインメント業界の消費者法と知的財産権が専門の弁護士であるニックは、法的な観点からアルバム、EP、ミックステープの区別がますます曖昧になっていると、ヒップホップ・アーティストのMegan Thee Stallionがレーベルに対して起こした訴訟を分析します。

現代において、アルバムとは何を指すのか。この一見単純な問いが、数々の賞を受賞したMegan Thee Stallionと、彼女が契約するインディーレーベル「1501 Certified Entertainment」との間の論争の中心にあります

2018年、Meganはテキサス州ヒューストンに拠点を置く、元人気プロ野球選手のCarl Crawfordが経営するレーベル、1501 Certified Entertainmentと契約しました。数年後、Meganは原盤契約の多くが不当であると主張し、1501に対して苦情を申し立てました。彼女は、両者間の現行の契約が「非良心的」であるとして契約の再交渉を要求した後に、レーベルは彼女が新しい音楽をリリースすることを妨げられたと主張しました。

彼女は、1501と契約した時は若かったため(23歳)、契約内容を完全に理解していなかったと、公かにしています。2019年にRoc Nationとマネジメント契約を結んだ際、彼女は同社の法務チームにレコード契約を相談した時に初めて、契約書が拘束する問題を知らされたと主張しています。その後、彼女とレーベルとで一度は和解が成立。新たな楽曲をリリースできたことで、1501との契約で生じていた問題の幾つかは解決されたように表向きは見えました。

しかし、問題は残っているようです。両者の間で争いは続いており、どちらも不満をSNSに投稿しています。特に、MeganはTwitter上でCrawfordと1501に対する投稿で「(Meganの作品である)『Something for Thee Hotties』をアルバムとして認めたのは、そっちのチームじゃないの?」とアルバムの扱いについて述べています。

(Tweet抄訳)

(1501は)私に支払うべき条件が書かれた契約書を提出できないくせに、私に音楽以外で発生したお金の支払いを要求するなんて。。。そもそも2019年から(1501は)私にお金を振り込んでいない。そっちのチームが『SOMETHING FOR THE HOTTIES』をアルバムとして認めたってことじゃないの?ジョークだわ。

これは、1501が2021年10月リリースの「Something For Thee Hotties」を、「アルバム」として配信しながらも、最終的に「アルバム」カウントすることを拒否したというMeganの主張に対して、1501が起こした反訴についてのMeganの投稿です。なぜ、この問題が重要なのでしょうか? それは、彼女のレコード契約において、アルバムのリリースだけが契約上の要件を満たすからです。Meganは、1501との契約で、プロジェクトをアルバムと見なす唯一の条件は、「作品の長さが最低45分でなければならない」ことだと主張します。逆に、1501は「Something For Thee Hotties」は単なる「ミックステープ」であリ、契約に義務付けらるアルバム・リリースとしてはカウントされないと主張します。1501は、Meganがアルバムとしてカウントするための別の条件が「最低12曲収録で、過去にリリースされていない楽曲のスタジオマスター録音を含むこと」だと知っていたと説明しています。

「Something For Thee Hotties」を詳しく見てみると、尺は45分以上の長さで、未発表曲と過去リリースの楽曲、フリースタイルが混在しています。1501は、本作には含まれる新曲は29分のみで、レーベルが事前承認していない曲だったと述べます。仮に裁判所が、1501の主張を認めた場合、Meganは契約上、1501との契約から解放される前に、さらに二枚のアルバムをリリースする義務を負う可能性があります。

クリエイティブな観点から見た時、音楽ジャンルにおいて、アルバム、EP、ミックステープの区別がますます曖昧になってきています。複雑化する主な要因に、最近のアーティストの多くが、トラックを長尺のコレクションとしてリリースする形式が人気で、作品をアルバムではなく、EPまたはミックステープとして呼称するトレンドがあります。

ただし、法的な観点から見ると、アーティストが結ぶレコード契約書には、アーティストが提出必須な作品の性質と量に関する特定の要件が含まれることが一般的です。多くの場合、契約書には、アルバムの数に加えて、何をアルバムとしてカウントするかについて、詳細な定義が含まれます。アルバムの定義では、プロジェクトの最低の長さ(尺)、必要なトラック数が指定される場合が多く、プロジェクトが新しい楽曲のみで構成される必要があることを指定される場合も珍しくありません。

とは言っても、英国法では、特定の条項が音楽業界内で一般的であるという認識だけでは、契約上の拘束力を持つという結論にはなりません。レコード契約に関する法的紛争では、裁判所が契約書の正確な文言を解釈した上で、問題の条項だけでなく、契約文書全体の検討と、当事者の意図がどのように共有されたかを審議します。場合によっては、明示的な指定の無い条件がレコード契約に含まれていると判断することもできますが、成立するためのハードルは高くなります。

両当事者がアルバムの条件に異議を唱えているという事実は、関連するレコード契約上の文言が曖昧なことや、一貫性の無さ、不完全さの可能性を示しています。1501の反論では、複数の法的文書が関係していることを示唆しています。複数の書類が存在する状況では、様々な文書間での不一致や矛盾が発生することは珍しくありません。裁判所は、各関連文書に含まれる定義及び要件を検討し、優先順位を決定すると考えられます。

レコード契約においては、口頭の合意、さまざまな書面によって矛盾が生じる場合、または主要な要件に関する取り決めが不明確な場合は、訴訟や混乱が起こりやすくなります。対照的に、契約書が明確であれば、当事者が確信を持つことができ、評判を傷つけるような争いや、費用のかかる訴訟を回避することが出来ます。レコード会社とアーティストは、常に経験豊富な独立した法律上およびビジネス上のアドバイスが必要です。特に、原盤制作契約に署名したり、契約条件を変更する前には。残念なことに、「レコード契約を獲得した」という一時的な喜びに惑わされ、多くの若いアーティストたちは今でも、後になって後悔する契約に飛びついてしまっているのが現状です。

Source: What counts as an “album” in a record deal? (guest column by Nick Eziefula)

翻訳:塚本 紺

編集:ジェイ・コウガミ

Photo by AmazeVR