Music Allyがオンラインで開催する、音楽業界カンファレンス「Sandbox Summit Global」では、アーティストマネージャーやディストリビューター、データ分析スタートアップが集い、COVID-19以降の音楽ストリーミング市場で生まれる「新たなトレンド」を議論するトークセッションが行われました。
「ポストCOVID-19時代の音楽ストリーミングの未来」と題したセッションでは、このパネルセッションには、音楽データ分析ツールChartmetricのチーフ・コマーシャル・オフィサーのチャズ・ジェンキンスに加えて、インディーアーティスト向けの音楽ディストリビューター兼レーベルサービスCaroline Internationalのコマーシャル・マーケティング責任者のシンディ・ジェームズ、Run The JewelsやSonghoy Bluesのマネージャーのアマチ・ウジグウェが参加。モデレーターには、FUGA アメリカ事業の上級副社長のアナ・シーゲルが努め、COVID-19の音楽ストリーミングへの影響について議論を行いました。
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音楽ストリーミングとチャートで起こる変異
ジェームズは、Carolineのチームが現在手掛ける楽曲で、トップ200チャート入りしているシングル11曲において、2つの異なるトレンドを指摘しました。「6曲はリリース9カ月未満の新譜。5曲はリリースから2年以上経過した作品です」と、ジェンキンスが指摘するデータと通じる傾向を紹介しました。
「今、人々が楽曲を消費する方法は、検索とお気に入りに保存した楽曲からの再生に比重が高まっています。しかし、同じ楽曲でも、Spotifyの「Today’s Top Hits」など、ストリーミングサービスが編成するキュレーション型プレイリストからの再生は、わずか25%に留まっています」
このトレンドを受けて、ジェームズは音楽マーケティングにおいて「アーティストへ積極的に関与し、かつリピートでストリーミングさせることの重要性が増している」と説明します。
ジェンキンスは、「私たちは、音楽チャートの『現在の流行り』という見せ方に慣れすぎています。しかし、今はあらゆるトレンドは、チャートに見えないところで起きていると言えます。トップ200チャートは、過去の出来事を表面化したにすぎません。人々はすでに、数カ月前から楽曲の消費を行っているのです。それが、メインストリームのメディアに取り上げられ、流行りとして広がるようになってチャートインするのです」と、現在のチャートの仕組みと、音楽消費の違いを指摘します。
有名アーティストも新型コロナ以降は活動が続けられない可能性
ウゾイグウェは、COVID-19が音楽業界に与えた影響について、既存の業界のマーケティングと比較した上で、様々な形で低迷が起こると予想します。
今年2月以降、目立ったトレンドの一つとして、多くの有名アーティストがアルバムリリースを延期したことに言及しました。この背景には、著名アーティストが必要とする、業界の伝統的なツアーと大手メディアでの露出が、COVID-19によって機能しなくなったことが、大きく影響しています。
「大物アーティストは、プロジェクトを進めるためにはツアーと大手メディアの露出が必要なのです。これらが無くなった今、アルバムをリリースすることができない」と延べ、その一方で、新人アーティストや若手アーティストが、この機会を上手く掴んでいるとウゾイグウェは言います。
ウゾイグウェのアーティスト、Run The Jewelsは、新アルバムのリリースを遅らせるのではなく、COVID-19の外出制限期間中にリリースすることを選びました。「COVID-19の感染拡大の規制が減っていけば、大物アーティストの作品だけでなく、ロックダウン期間中に実績を積んだ新しい新人アーティストたちが多くの作品をリリースして、音楽が爆発的に増えるだろう」
「Run The Jewelsは、リリースする決断をしたことで、成功を収めることができたが、考えるべきことは、危機的状況をいかにして乗り越えるかの能力の必要性だ。今まで有名だった大物アーティストの多くが、この危機を乗り越えられなくなり、以前と同じ活動を続けることが難しくなっていくだろう。将来を嘱望された新人アーティストも同じだ。彼らの未来もCOVID-19が潰してしまった」
そんな中でも、大勢の新人アーティストが、危機的状況な音楽市場で成功を収めています。人が外出できず、自宅で過ごす時間が増えたことで、新しい楽曲を発見できる機会を最大利用していることが成功につながっています。
自宅で音楽消費を促すための変化を理解する
ジェームズは、今までのような通勤時間や、ジムでのワークアウト中に音楽を聴く時間が減った人が、自宅でスマートスピーカーを購入し始めるなど、COVID-19の外出制限中に起きたトレンドを幾つか紹介しました。その一つには、音楽サブスクリプションに対する意欲的なユーザーが増えていることも挙げられます。
「音楽サブスクリプションの利用者は爆発的に成長しています。今年の第2四半期で獲得した音楽サブスクリプションのユーザー数は第一四半期を上回り、米国では2019年の有料サブスクリプションの実績を10億ドルも上回る速度で成長しています」
ジェームズは、スマートスピーカーの普及について、購入される数だけでなく、家庭内で利用機会が増えており、音声アシスタントとの連携によって、音楽を聴く自宅での行動様式を変えていると指摘します。
またスマートスピーカーが音楽マーケティングに与えた影響について、「”クリーンバージョン”(下品、卑猥な言葉を抜いたバージョン)が復活しました。ペアレンタルコントロールが増えたおかげです」と述べ、配信する楽曲をいかに届けるかのスタイルにも変化が必要なことを説明します。
「音楽レーベルは、スマートスピーカーを所有する親が、子供向けのフィルターをオンにしている可能性に気付き始めました。楽曲がクリーンバージョンでなければ、例えどんなに人気のエディトリアル・プレイリストに入っても、再生されることはありません」
欧米の人気アーティストが世界を支配する時代の終焉
ウゾイグウェは、音楽業界はゲーム業界とのパートナーシップする機会が、どれほどインパクトがあるかを理解するべきだと述べます。
「視聴者の規模や、収益の規模は、音楽市場が考えるよりも桁外れに大きい。音楽業界がゲーム市場向けの戦略を開発出来なければ、明らかな機会損失を被るでしょう。そこにはオーディエンス、売上、若者文化が存在しているのです」 音楽業界で議論されるトピックスの一つにライブストリーミングがあります。アーティストが収入を得て、ファンと繋がるために、どのように活用ができるでしょうか。
ウゾイグウェは「音楽業界で今利用されるのはバージョン1.0と言える。来年には想像もできないイノベーションが起こるはずだ」とライブストリーミングの将来性に期待を寄せています。
「ライブストリーミングでは、大きな利益を生み出すことは難しい。だけどそれも来年には改善されるはずだ。より大きな懸念材料は、ライブプロモーターがフェスやコンサートからアーティストへの契約金(ギャラ)を引き下げようとすることで、ライブストリーミングへの注目は今後も続くはずだろう。アーティストやマネージャー、チームに新たな選択肢を与えてくれる。ツアーに6週間を費やして売上を立てるか、1晩のライブストリーミングで稼ぐか?」
ウゾイグウェはまた、音楽ストリーミングのオーディエンスが世界各地に増え続けているトレンドにも期待しています「音楽ストリーミングのシェアは今よりも小さくなり、分散化が進むだろう。もしアフリカ大陸の過半数がオンラインになれば、より多くのアフリカの音楽が世界のトップに躍り出ることも不可能ではないはずだ」
そして世界各地の市場で成長するアーティストの特性が、世界標準なアーティストから、ローカル市場発のアーティストへ、ファンのエンゲージメントが移行する可能性を強調しました。
「欧米のスターアーティストが世界各地でシェアを占めていた時代はすでに終わっている。オーディエンス個人毎でスーパースターが変わる時代だ。世界に広がるBTS人気や、プエルトリコのアーティストが世界で圧倒的なシェアを占めている。こんなにワクワクすることはない!」
Photo by Music Ally, Run The Jewels