ゲスト・コラム

日本のインディペンデントレーベルのビジネス活動とグローバル展開を支援する業界団体「IMCJ」(Independent Music Coalition Japan)は先日、SpotifyやApple Musicなど音楽ストリーミングサービスからレーベル、アーティスト、ディストリビューターなどステークホルダーへの収益配分方式を説明する解説文を公開しました。

なぜ今、収益配分の計算方法を説明するのでしょうか?

その理由は、イギリス議会で「ストリーミングが音楽業界に与える経済的な問題」の議論が進んでいるからです。ストリーミングに完全移行した世界の音楽業界や原盤市場、アーティストコミュニティでは、現状の収益分配方法の問題の深刻化が訴えられた結果、解決策を模索するため音楽業界、インディーアーティスト、作曲家、DSP、そして政治家や行政を巻き込んだ大議論が起きているのです。

この議論は日本で無視できる問題ではありません。現に、多くの日本のインディペンデントレーベルやアーティストは、世界と同様に、気付かない内に収益分配の問題に直面しているのです。今後、国内でストリーミングによる公平な収益分配が原盤市場の主流となると予想される中、IMCJは解決策の選択肢拡大を考慮し、国内で議論を続けるていくことが重要であると考え、新たに論じられる改善策を含めた3つの原盤収入の分配計算方法について解説します。

Music Ally Japanではこの収益分配問題と改善策の論点をより多くの人に知っていただきたいと考え、IMCJより許可を頂き、ゲストコラム形式として解説文を転載します。詳細について、または支援を希望するレーベル事業者や関係者はIMCJまでお問い合わせください。


昨年秋より英下院デジタル・文化・メディア・スポーツ特別委員会[1]で、”Economics of music streaming”と題して、音楽ストリーミングサービス(DSP[2])が音楽業界に与える経済的な問題点に関して幅広く議論検証がなされています。巨大化したグローバルDSPのビジネスモデルが、作家、アーティスト、レーベルなどにとって公平な取引を提供しているのか、という点などが多角的に論じられています。

本レポートでは、同委員会で検証された、DSPがレーベル、ディストリビューター、アーティストなどライツホルダーへ支払う原盤使用料の計算式のあり方関して、IMCJの姉妹団体である英AIM[3]がまとめた解説文を基に、その概要、ポイントを報告します。

日本ではごく一部のアーティスト以外は、ストリーミング収益でCD売上の減少を補うことはできない、という見方がまだ一般的ですが、ストリーミングが原盤収入のメインストリームと化した日本以外の世界市場でも、ユーザーのストリーミング消費が活発化し、その再生数が巨大化することで、ライツホルダーの収益性をめぐって新たな議論が盛り上がっています。

それは、現状のストリーミングサービスによる収益が、勝者総取り的になり、勝てるものとそうでないものがより二極化していることへの問題提起なのです。

IMCJでは、今後日本でもストリーミングによる収益が主流化するであろう遠くない将来の原盤市場に向けて、インディペンデントの音源事業者やアーティストなどのライツホルダーが、現在世界市場で起きているこれらの問題提起とその解決策のあり方を理解し考察することが重要課題であると認識しています。

本レポートでは、そのためのガイドとして、現在DSPで採用されている、若しくは新たに論じられている3つの原盤使用料の計算方式と、それらに関するAIMの見解及び主張を解説します。

現行の一般的な原盤使用料の流れ https://committees.parliament.uk/work/646/economics-of-music-streaming/publications/3/correspondence

3つの原盤使用料の計算方法

本レポートで解説する原盤使用料の計算方式は、大きく以下3つです。

第一に、現行ほぼすべてのDSPで採用されている「比例按分方式」(Pro Rata Model)。第二は、仏のDSPであるDEEZERなどによって提唱されている新たなモデルである「ユーザー主体方式」(User Centric Payment System又はUCPS)。そして第三が、現在AIMが英議会に対して提言を行っている新たな方式の「アーティストグロース方式」(Artist Growth Model)。

各方式の概要は以下のようです。

比例按分方式

現在ほぼすべてのDSPで採用されている計算方式です。

DSPにおける一アーティストの一月の総再生回数を、その月の当該DSPの総再生回数で割ることで、そのアーティストの当該DSPにおける再生シェアが決まります。そのDSPの一月の総収入のうちのアーティストへの配分原資を一つのポットと考え、そのポットにアーティストの再生シェアを乗じることで、アーティストへの配分金額が決まる、という考え方です。

明解且つシンプルで管理面においても利便性が高いとされるこのモデルは、再生数と収益がリニアな関係にあり、収益の予測が立てやすいことから、アーティストへの投資も比較的行いやすいとされ、現在主流の計算方法となっています。

この比例按分方式の欠点としては、ユーザーのストリーミング消費が活発になりDSPの総再生数が多くなればなるほど、固有のアーティストが期待する収益を得るために必要とされる再生数がどんどん膨れ上がってしまうことです。DSPでのシェアを膨らますことのハードルが高くなり、それが進めば進むほど、アーティストがそのシェアに到達することがほぼ不可能に近い領域に達してしまうことなのです。

結果、デジタル市場では、富める者はより富み、新人やエマージングアーティストにとっては市場規模を拡大することが難しくなってしまいます。

ユーザー主体支払方式

DEEZERなどにより提唱されている、現在主流の比例按分比例方式とは異なる新たな方式です。

この方式は、一人のユーザーが支払ったサブスクリプション料金を、そのユーザーが聞いたアーティストにだけ配分する、という考え方です。

例えば一月980円を支払ったユーザーが、その一月の間〝アーティストA“のアルバムしか聞かなかった場合、そのユーザーの支払った金額のうちのレーベルへの配分原資の全額が〝アーティストA“に支払われます。また、そのユーザーが〝アーティストA” と〝アーティストB“のみを同回数聞いた場合は、そのユーザーの支払金額の配分原資全額が、〝アーティストA”と〝アーティストBに均等に支払われるのです。

一人のユーザーの視聴行動と、そのユーザーが支持するアーティストの受け取る金額の間に、より明確な相関関係が生まれてくるのです。

この方式の欠点としては、そのシステムの複雑さと運用コストの高さあります。また、同じストリーム間でも価値の変動が生まれてくることもあります。あるアーティストが先月と今月で同じ再生回数を稼いでいるのに、アーティストの受け取る金額が先月と今月で変動する、ということが起きうるのです。

現在の比例按分方式が、レーベルやアーティストなどライツホルダーにとって収益の予想が比較的立てやすいものであることに対して、このユーザー主体方式は収益の予測が立てにくいモデルであるとも言えます。

また、DEEZER自身も認めていますが、この方式は新人やニッチアーティストが現在直面している問題を解決することができてはいません。すなわち、そういったアーティストは、DSP上でより音楽を聴き、より新しい音楽を探すユーザーに発見され、聞かれる可能性が高いのですが、そういった視聴活動の活発なユーザーの個々のストリームの価値は最も低くなるのです。

そしてユーザー主体方式は文化の均質化にもつながります。カタログを多く持つベテランアーティストで、DSPであまり多くのアーティストの音楽を聴かない年配層のファンを持つ、例えばイーグルスのようなアーティストが有利になり、一方でイーグルス・オブ・デスメタルのような、そのファン層がDSP上でよりアクティブで広いジャンルの音楽を聴くアーティストには不利になるのです。

Deezerの解説するUCPS「ユーザー中心の支払いシステム」

アーティストグロースモデル

比例按分方式もユーザー主体方式も、現在アーティストが直面しているストリーミングの問題点を根本的に解決することができません。それは、新人やニッチなアーティストがDSP上でシェアを拡大することがますます困難になり、デジタル市場が一層「勝者がすべてを手にする」状態になっていることです。

この根本的な問題点を解決する方法として、AIMが現在英国議会で提言しているのが、アーティストグロースモデルです。

このモデルは、累進課税の発想に近い考え方に基づいています。つまり初期ステージにあるアーティストのストリーム単価の価値が最も高く、達成したストリーム数が多くなればなるほど、そのアーティストのストリーム単価が下がっていくという考え方です。

莫大な再生数を稼ぐアーティストの収益を希薄化して富を分配することで、よりフェアなデジタル市場を目指すというものです。DSP上でシェアの拡大に苦労をしている初期ステージやニッチなアーティストのロングテールに対して、より多くの富が行き渡ることを目指しています。

このアプローチでは、確固たるファンベースを持つ中堅アーティストの成功の可能性を高めると同時に、より参入リスクの高いアーティストへの投資にも報いることで、音楽文化の多様性が保たれることにもなるのです。

メジャーレーベルは、彼らが持つ1%の成功例に対する収益性を低下させるものだ、という主張をするかもしれません。しかし、実際にはメジャーが手掛ける新人アーティストに対するリスクに対してもこの方式は報いるため、よりチャレンジングな作品リリースや契約を促すことにもなるのです。

AIMの見解と主張

AIMは英インディペンデントコミュニティの見解として以下のように主張しています。

アーティストグロース方式は、WIN[4](Worldwide Independent Network)が提唱しているFair Digital Deals Declaration[5]の考え方にも沿うものです。レーベル及びアーティストに対して投資と成長のインセンティブをもたらし、市場の文化的多様性を高めるとともに、特にアーティストが最も必要としているとき、つまり成長・発展段階にアーティストに公正な対価を還元するというポジティブな結果を生み出すものと期待しています。

アーティストとその支援者がとるリスクに対しての報酬を生み出すものであり、また他の二つの方式に比べて低コストで運用管理が可能なソリューションなのです。

最適なバランスを得るためのストリーム単価の逓減度合は、業界横断的な審査によってポジティブな結果と財務的リターンのバランスをとるために決めることが出来るでしょう。

このようなアプローチは英Official Chart Company[6]が既に採用しており、同機関は業界と消費者にとって効果的なベンチマークとしてのチャートを運営するために、ストリーミングとフィジカル・セールスの相対的な価値に適用される換算率を定期的に監視し調整しています。

英国のPRS[7]やPPL[8]などの集中管理団体も、業界や消費者にとって市場における「公正さ」の観点から、分配の資格基準を常に調整しているのです。

Source:

IMCJ

英国議会におけるアーティストグロースモデルの見解

Music Week

英国議会におけるAIM、Beggars Group、Jazz Re:freshedのヒヤリング

本文中の業界団体:

[1] Digital, Culture, Media and Sport Committe (DCMS)

[2] Digital Service Provider。 Apple Music, Spotifyなどの音楽ストリーミングサービス。

[3] Association of Independent Music。英国の独立系レコード会社を代表する業界団体。

[4] Worldwide Independent Network。ロンドンを拠点とする世界の独立系レコード団体を取りまとめる業界団体。日本ではIMCJがWINの会員団体。

[5] FD3。世界のレーベルに対して、デジタル時代に適合した適正かつ公正な契約慣行をアーティストに保障することを提言し推奨するイニシアチブ。

[6] 英国の音楽チャートを集計する専門機関。

[7] 英国の著作権の演奏権を徴収分配する集中管理団体。

[8] 英国のレコード演奏権を徴収分配する集中管理団体。