以前から噂されてきましたSpotifyと世界的なサッカークラブであるFCバルセロナのスポンサー契約が確定しました。スポンサーシップの契約金は双方とも発表していませんが、総額3億1000万ドル(日本円で約370億円)をSpotifyが支払った、との憶測がメディアで飛び交っています。年間で7750万ドル。日本円で約94億円とも言われる契約金は、当初噂されていた総額3億2000万ドルを下回りました。とは言え、財務問題を抱えるバルセロナにとってSpotifyのスポンサー契約獲得は、大きな問題を一つクリアしたことを意味します。
4年間のスポンサーシップによってSpotifyは、バルセロナの選手や世界中で販売されるユニフォームの胸にロゴを付ける以外に更に多くの展開も確約されています。その一つには、バルセロナのホームスタジアムをSpotifyカンプ・ノウに変えるネーミングライツがあります。
今回の契約についてSpotifyは同社のブログで方向性を説明しています。Spotifyでチーフ・フリーミアム・ビジネス・オフィサーを務めるアレックス・ノーストロムは同社のブログで「今回のパートナーシップのビジョンは、アーティストがバルセロナのグローバルなファンコミュニティと交流するための新しいプラットフォームを作ることです」と語っています。
スタジアム内のジオロケーション広告もその一つです。ヨーロッパの視聴者はあるアーティストに関するメッセージを目にするかもしれませんが、インドのテレビ視聴者は別の、現地に関連したメッセージを受け取るかもしれません。特にシャツのスポンサーシップを利用して、「シャツがアーティストにとってより多くの機会を提供する大きなプラットフォームになる」ことを望んでいると示唆されています。
Spotifyがバルセロナの恩恵を受けるとすれば、スタジアム内に設置される位置情報連動型広告はその一つです。例えば、日本でバルセロナの試合を観る視聴者は、動画内で日本に関連性あるアーティストからのメッセージを目にするかもしれません。同じようにヨーロッパやインド、インドネシアの視聴者は、それぞれの国に関係するアーティストやSpotifyからのメッセージが表示されるかもしれません。
もう一つは、ユニフォームのスポンサーシップを利用した取り組みをアーティストに提供することも考えられます。アーティスト仕様のユニフォームや、アーティストのブランドメッセージの入ったユニフォームなど様々な展開は「アーティストにとってより多く露出する機会を提供するプラットフォームになる」ことを狙っているかもしれません。
さらに、バルセロナの世界的なブランド力を駆使し、Spotifyが進出しきれていない地域や、ユーザーを伸ばしたい地域でのマーケティングも視野に入れます。Spotifyによれば、バルセロナのファンの多くは30歳以下の若年層。つまりSpotifyが狙っていきたいターゲット・オーディエンスと重なります。そして、多くのファンがいる地域はインドや南米、インドネシアなど、Spotifyがすでに進出を果たし、急成長する地域と同じです。例えばインドやブラジル、ジャカルタに住むのサッカー好きや子供へSpotifyのロゴが入ったユニフォームやアパレル、グッズを提供出来るはずです。
Spotifyが支払うスポンサーシップの契約金は、早くも音楽業界で論議を呼んでいます。それもそのはずです。Spotifyの収益分配に不満を唱えるアーティストたちは、なぜバルセロナに支払うお金を音楽を提供するアーティストや作詞作曲家に分配できないのか、を訴えているからです。
今回の契約によって実現するアーティストへの恩恵の詳細が明らかになるのは、もう少し先でしょう。しかし、300億円以上の契約金をサッカーチームへ支払う行為は、アーティストコミュニティからの反感をさらに呼び寄せるはずです。イギリスにあるグラスルーツのコンサート会場の支援や向上を行うチャリティ団体、Music Venue Trustは、今回の契約に早くも異議を示しました。Music Venue TrustはTwitterで「SpotifyがFCバルセロナの一時的なブランディングに費やした同等の額で、イギリスにある約700のライブ会場を救うことができた」と投稿しました。
Spotifyがサッカーに関心を示したのは今回が初めてではありません。同社CEOであるダニエル・エクは2021年、イギリスのアーセナル買収に関心を示してきたことは広く知られています。その時も、チーム買収に異議を唱えるアーティストが現れた事実があるだけに、今回バルセロナとの大型契約でSpotifyに対するアーティストからの非難の声がより大きくなることも考えられます。
ちなみに、Spotifyが過去4年間で費やしたマーケティングコストは総額36.1億ユーロ(約4800億円)でした。バルセロナに支払う3億1000万ドルという数字が正しければ、今回のスポンサー契約は同社のマーケティングコストの約8.6%にあたります。
別の見方でこのスポンサー契約の未来を考えることも出来ます。スポーツ・ファンへのアプローチを、他のDSP(とDSPを運営するプラットフォーム企業)が狙うかもしれません。Amazonは昨今、スポーツの放送権を世界各国で買い漁っています。イギリス・プレミアリーグ、スペインのラ・リーガといったサッカーリーグに加えて、アメリカではNFLの独占配信権を巨額の契約金で獲得することに成功しました。日本と異なり、海外のAmazon Primeではスポーツを配信できる強みを生かして、アーティストやレーベルが露出できる機会をパッケージにして提供することも考えられます。
Spotifyには今後も「アーティストではなくサッカーチームに金を払う企業」という批判が集まると予想されます。様々な疑問を早く払拭するため、早めに取り組みを進めたいはずです。