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IFPI (国際レコード産業連盟)は、2020年全世界の音楽市場における年間売上レポートを発表しました。

IFPIによれば、世界の原盤音楽市場は前年比7.4%増加して216億ドル (約2兆3458億円)にプラス成長を達成しました。日本を含む世界各国が、新型コロナウイルスによる様々な社会的な影響や、制約を受けた一年だったにも関わらず、音楽市場は6年連続で売上を伸ばしています。これは、日本や世界において何を意味するのか。今回はIFPIの最新レポートから読み取れるトレンドを分析していきます。

まず最初に言えるのは、成長速度が減速したことがあげられます。前年比伸び率を比べると、2019年は8.2%に対して、2020年は7.6%。これは新型コロナで生じた様々な要因と関係すると推測できます。

次に、2020年は6年連続で世界の原盤売上がプラス成長した一年だったことはすでに述べましたが、2020年の売上216億ドル (約2兆3458億円)はまた、2002年以降で最高の売上規模に到達したことも特筆すべき点です。2002年売上は221億ドル (約2兆4000億円)でした。

2020年の音楽市場を支えたのは音楽ストリーミングの成長です。ストリーミングからの売上は前年比19.9%増の134億ドル(約1兆4555億円)。これは売上シェアで62.1%を占める程、市場の収入源としてさらに成長が続いています。

演奏権売上 (performance rights)は10.1%大幅減少しました。またシンクロ売上も0.4%と微減しました。これはテレビや映画、ゲーム産業が新型コロナの影響で制作が中断したことによる売上減少です。

CDを含むフィジカル音楽売上は4.7%減少し、売上は42億ドル (約4562億円)。ダウンロード売上は15.7%減の12億ドル (約1300億円)。フィジカル音楽のシェアは19.5%。ダウンロードのシェアは5.8%に減少しています。

IFPIによれば、音楽サブスクリプションを利用する有料ユーザー数は4億4300万人。2019年の3億4100万人から29.9%増加して、成長が続いています。

有料ユーザー数の伸び (29.9%)は、音楽ストリーミングの売上成長 (19.9%)を上回る速度で成長しています。しかし、伸び率を比べると、減速していることが分かります。

サブスクリプション型の有料ストリーミングと、広告モデルの無料ストリーミングの売上シェアを比較すると、サブスクリプションが占めるシェアは売上全体で46%。対して広告モデルは16.2%でした。

売上高で比較すると、サブスクリプションは99.4億ドル (約1兆797億円)に対して、広告モデルは35億ドル(約3802億円)。2019年のサブスクリプション売上は85億ドル (約9232億円)に対して広告モデルが28.5億ドル (3096億円)。売上規模で見ると、サブスクリプションは日本円で1兆円越えを達成するマイルストーンを樹立するほど、好調を維持しています。一方、成長率では広告モデルがサブスクリプションを上回る勢いの成長を2020年は達成しました。

IFPIのレポートはまた、世界売上2位の日本が伸び悩んでいることも記しています。日本の原盤売上は前年比2.1%減少。2019年の0.95減少からさらに減少率が大きくなっています。

反対に好調だったのはアジア地域の売上です。日本の減少にも関わらずアジアは前年比9.5%のプラス成長を達成。日本を除くアジアの売上成長率は29.9%。日本を覗いたアジアの伸びは特筆すべきで、地域別売上の伸びでは中南米の15.9%を抜いて、世界最大の地域となりました。アジアの中では、世界売上6位の韓国は前年比44.8%と大きなプラス成長を達成。K-POPの成功に後押しされ、世界で最も成長した音楽市場となっています。

北米市場は前年比7.4%、ヨーロッパは3.5%、オーストラリア/ニュージーランド含むオーストラレーシア地域は3.3%のプラス成長を達成しています。IFPIレポートが注目する地域であるアフリカと中東は売上が8.4%伸びました。

IFPIは、レコード会社による投資が、音楽市場の成長の起爆剤になっていることも引き続き明言しました。アーティストの発掘と育成するA&Rへの投資に加えて、グローバル市場へローカルアーティストを進出させるための投資が顕著な成果を出しています。

IFPIは今年、音楽市場における経済的、社会的、政治的機会と平等を改善する社会課題への取り組みと、Black Lives Matterをハイライトしています。レポートでは、ユニバーサルミュージック、ソニーミュージック、ワーナーミュージックのメジャー3社でダイバーシティ、インクルージョン促進を担当する責任者のインタビューと取り組みを紹介しています。

また、レポートで主張されたのは「音楽の公平さを保障する仕組みの整備」を改めて訴えます。これはIFPIが近年、各国の業界団体や議会と共に取り組んでいる課題解決の一つです。2019年のIFPIの主張と変わった点は何でしょうか?昨年、IFPIはレポートで「全ての企業および団体は契約の自由があります。公平かつ機能する音楽市場において、企業および団体は契約の自由が保障されるべきです。権利や契約条件など不公平な制約は、音楽市場の発展を妨げ、または制限し、原盤売上の価値を低下させる結果に繋がります」と、市場の不平等な契約や業界構造の改善を強く訴えていました。

今年のレポートでは、IFPIの主張は次のように変わっています「契約の自由を尊重しましょう。公平かつ機能する音楽市場において、企業および団体はライセンス契約の自由があります。いかなる障害は、音楽市場の妨げや、投資の減退、音楽全体の成長の減速に繋がります。変わらない規制によって業界の自由を奪うことは、レコード会社やアーティスト、プラットフォームが変化し続ける市場において、最も効果的にイノベーションを実現する能力を制限します」

この違いはどう重要なのでしょうか? 現在、イギリス議会では、音楽ストリーミング経済を議論する喚問会が行われています。そこではラジオ業界と音楽業界との収益分配モデル (権利者とアーティストの分配率は50対50)を音楽ストリーミングサービスにも適応すべきとする議論や、DSPとの交渉で音楽業界が不利になるとする議論など、様々な意見が取り上げられてきました。IFPIの主張も、イギリス議会喚問会の内容と重なっています。

IFPIは昨夜、メジャー3社の関係者とメディアを交えたオンライン記者発表会を開催しました。Music Ally Japanも参加したこの発表会の最後には、質疑応答が行われました。

IFPIのCEO、フランシス・ムーアはアーティストの現状を次のように語りました。「現代のアーティストには、かつて無いほど多くの選択肢が目の前にあります。レーベルと契約したり、DIYで活動することもできます。(レーベル、ディストリビューターによる)アーティスト獲得の競争も拡大してきました。アーティストが危機的状態に面している、という誤解が広がっています。注目を得るための競争は激化してきました。注目を集めることが得意なアーティストも大勢います。そして今までの環境では得られなかった新しい機会を得ているアーティストもいるのです」

質疑応答に参加した担当者が、音楽業界のトレンドで強調したのは、新しいテクノロジーの活用が市場の成長に寄与していることでした。

ソニーミュージックのグローバル・デジタル・ビジネス兼米国セールス担当社長のデニス・クッカーは、市場の成長について次のように述べました「IFPIが取り上げている業界トレンドの多くは、新型コロナ感染拡大以前から始まっていました。新型コロナに伴う生活様式の変化が、これらのトレンドを加速させたのです」

クッカーはソニーミュージックが取り組んでいる「イマーシブ・エンターテインメント」にも触れました。これは音楽、動画、ゲームを融合した領域での取り組みで、昨年だけでもトラヴィス・スコットのFortniteでのバーチャルライブや、Lil Nas XのRobloxバーチャルライブ、Madison BeerのTikTokでのアバターを使った「没入型現実」(immersive reality)バーチャルライブなどが実現されました。

ワーナーミュージックのグローバル・マーケティング担当上級副社長、ジェス・キーリー・カーターは、レーベルが新しいテクノロジーを完全に理解する必要性を強調しました「データを見たり、トレンドを追うだけでは十分ではありません。新しいプラットフォームを生活に取り入れ、注力すべきです。新型コロナによって、(消費者が)新しいトレンドを受け入れる速度が加速しただけでなく、次のトレンドに移り変わる速度も加速しました。音楽業界が新しいトレンドへ移行するサイクルが短くなっているのです。新しいプラットフォームを戦略の一部として捉える必要があります。注目を集めるために新しいテクノロジーを使っても意味がありません。最適なアーティストに最高の機会を提供するためにどんな連携ができるかを考えるのです」

Music Allyから、トレンドの移り変わりに対応するための考え方について質問した際、カーターはこう答えました「(レーベルやアーティストは)プラットフォームと適切かつ本質的に繋がることが重要です。マーケティングチームには、Fortniteを普段からプレイするゲーマーのように、プラットフォームで生活する人材を置かねばなりません。それが、アーティストに最適な新しいチャンスを見つける方法です。アナリティクスのデータが更新されるのを待っていては、すでに手遅れです」

アジア地域のトレンドについて、ソニーミュージックのアジア/中東地域戦略開発担当社長のシリダー・サブラマニアムは、3つの地域を成長地域として捉えている、と語ります。

「最初に注目する地域は、最も大きな変化が生まれ成長度の早い中国と韓国です。次にインドおよび南西アジアで、ここも成長が続いています。3つ目は、オンラインにシフトしていない国です。これらの国は、アフリカ諸国と同じように、スマートフォンやモバイルデータ通信量が増加している地域で、可能性しかありません」

「BTSの成功は、アジアの音楽全体の可能性の指標です。過去10年、K-POPが世界市場で達成した成功は、アジアから生まれてる音楽の方向性を示しています」

ワーナーミュージックの国際音楽部門社長のサイモン・ロブソンも、アジアの成長を確信しています「アジアは全世界の人口の60%近くを占めています。音楽ストリーミングの可能性は巨大です。長期的な経済成長が続く地域と連携することで、アジアは音楽業界における重要性は増すはずです」

「アジアは音楽ビジネスにおけるイノベーションを推進している地域です。ライブ配信、バーチャル・グッズ販売(Verch、Virtual Merchandise)、バーチャルアイテム、投げ銭文化は長年、アジアで確立してきました。中国のストリーミングサービスには優れたSNS機能があり、グローバルDSPでも導入できない機能を実装しています」

IFPIのレポートでは、コロナ禍の制限に打ち勝って、ローカルアーティストの世界市場での成功事例が取り上げられています。特にレコード会社(とディストリビューター)の海外展開への取り組み、とりわけ成長地域への投資と連携は、今後の音楽市場が引き続き成長し続けるために必要であることが繰り返し述べられています。

中でも、各国/地域で発見するアーティストを世界市場の成功に導く市場戦略について、多くの情報に触れています。近年、レゲトンやラテンヒップホップなど、グローバルストリーミングで台頭してきたラテン音楽の若手アーティストによる継続的な成長(売上前年比15.9%増)に加えて、今年はK-POPやC-POPの海外市場での成功事例が取り上げられています。

加えて、韓国や中国市場の目を見張る成長と、東南アジアとインドのポテンシャルは、アジアのさらなるデジタル化による収益拡大の未来や、アジア発ローカルアーティストの海外進出の加速を予想ささせます。これらの要因を踏まえると、アジア市場がストリーミング中心のビジネスにおいて戦略的に重要な地域となることが今回のIFPIレポートで明らかになったことは、アジアがストリーミング時代の世界音楽市場においてスタートラインに立った一年だと言えます。

急変するアジアの中で、日本の音楽業界が目指す方向性は重要になっていくはずです。ストリーミングやSNS、ライブ配信、ゲームなどをプラットフォームに、アジアを経由して海外市場に進出するアーティストが爆発的に増えていくことに世界が注目し始めています。アジアへ視線が向けられることは、日本のレコード会社や業界にとってプラスに働くはずですが、一方では新しい収益モデルやA&R、プラットフォームへのアクセスなど、アジアやグローバル市場で標準化し始めた枠組みをどう受容するか。日本の音楽市場には、今向き合うべき課題が新たに提示されました。