もしかすれば、世界で最も目にする、音楽マーケティング・ツールかもしれません。

音楽ストリーミングによる再生とクリック数で溢れかえる中、データ分析視点からの戦略作りが重要性を増しています。レーベルや事務所、ディストリビューターのマーケティング担当者にはデータを理解する力が求められる、と言う声が業界でも徐々に増え始めています。スマートリンクは、こうしたストリーミング時代における音楽マーケティングの方法を一変させました。

アーティストやストリーミングの担当者であれば、SpotifyのPre-saveやApple MusicのPre-addをスマートリンクでSNSで投稿した経験があるはずではないでしょうか。スマートリンクは、ストリーミングやライブ、SNSといったあらゆる音楽チャネルとファンやリスナーと繋ぐ、という重要な役割を果たします。

そして今、スマートリンクの存在感はさらに高まろうとしています。世界の音楽業界では、すでにスマートリンクの標準化が進んでいます。ファンやリスナー、コミュニティの行動を理解して戦略を立案する流れが強まる中で、スマートリンクがもたらすデータの価値をいち早く理解する担当者や企業にとって、必要不可欠なマーケティングツールとして活用が広がっているのです。

その代表格であるLinkfireは、著しい成長速度で利用が広がってきました。2020年、レーベルや事務所、インディペンデントアーティストによって生成されたLinkfireのスマートリンクは実に100万リンク以上にのぼります。Linkfireを使った音楽ファンは193カ国に広がり、10億人以上を3,600以上の音楽プラットフォームやサイトに誘導しました。

しかしながら日本ではまだ、LinkfireをPre-addやPre-saveリンクの生成でしか活用できていない企業も多いのが現状。データの持つポテンシャルをフルに活かしきれているとは言い難い導入方法で留まるケースも多々あります。

Linkfire チーフ・ビジネス・ディベロップメント・オフィサー アンドレア・アルカリ

4月、Music Ally Japanは、デジタルマーケティングやファンエンゲージメントをテーマにした音楽カンファレンス『Music Ally Japan Digital Summit 2021 ~ストリーミング時代に進化する音楽マーケティング戦略の最前線を探る3日間~』をオンライン開催しました。その中で、Linkfireでチーフ・ビジネス・ディベロップメント・オフィサーを務めるアンドレア・アルカリが登壇しました。

Music Ally Japanでは「スマートリンクで実現する音楽マーケティング」をテーマに、Linkfireの設立のキッカケから、スマートリング活用方法、データを用いたデジタルマーケティングの話題をアルカリに訊きました。インタビューは、ロサンゼルスのアルカリと、イギリス・ロンドンからMusic Ally UKのパトリック・ロスによって行われました。

Linkfire設立の過程

「単純に、音楽ファンとして、当時の音楽プロモーションの方法が不満でした」と、アルカリはLinkfire設立当時を振り返ります。

「(2013年、2014年頃)私たちの好きなアーティストが、SNSやメルマガで新曲を宣伝していました。でも、必ずといっていいほど、iTunesのリンクを勧めてきたのです。ですが北欧では、すでにストリーミングの普及が一足早く進んでいました。僕らの不満はシンプルでした。いつも使っているSpotifyですぐに聴きたい。なのに、なぜiTunesばかりを宣伝してくるのか? なぜプロモーションされる音楽がユーザーの使いたいサービスとリンクしていないのか?」

2010年代始めには、北欧では、アメリカやヨーロッパ諸国よりも先に、音楽ストリーミングの普及が始まりました。Spotifyはスウェーデンで生まれたスタートアップで、Tidalは元々ノルウェーのWiMPを基に開発されるなど、北欧は音楽スタートアップが生まれやすい地域でもあります。

「Linkfire創業の背景には、音楽業界の非効率性を改善する必要があると感じたからです。音楽ストリーミングが世界的に普及し始める時期でした」

Linkfireは、2014年にデンマークのコペンハーゲンで設立されました。共同創業者のラース・エトルップとイェッペ・ファーフェルトはデンマーク人です。イタリア人のアルカリは、会社設立の約6カ月後にジョインします。

「Linkfireで当初目指したのは、自分たちが普段使うプラットフォームに音楽ファンを誘導することでした。当時、もう音楽をダウンロードする人は誰もいませんでした。にも関わらず、レコード会社やアーティストは、必ずiTunesばかりをプロモーションしてユーザーを誘導しようとしていました。音楽に誘導するURLを集約して、ユーザーが選べるようにする、シンプルなシステムを開発することを目指しました」

プロモーションから離脱したファンの可視化が重要

「私たちのアイデアは当初、音楽業界の人たちには間違っていると言われました。レーベルに提案しても理解してもらえませんでした。クリックからコンバージョンの間に新たなランディングページを入れれば、動作が増えるから離脱する。プロモーションには使えない、と言われ断られました」

ストリーミングに積極的なレーベルでさえも、Linkfireが実現しようとすることを理解できなかった、とアルカリは言います。離脱は損失、と捉える従来のレーベルや事務所に対して、Linkfireの創業者たちが見据えていた音楽マーケティングは、現代のストリーミング市場やコンテンツ時代を見据えた未来的なアイデアでした。

「私たちは、彼らとは全く違う観点を持っていました。もし、アーティストやレーベルが音楽プラットフォームにユーザーを誘導できても、人が何を再生したのか、離脱したのか、離脱後にどういう行動を取るか、ユーザー情報をレーベルは全く把握できていませんでした。どんな施策でも、ユーザー離脱は必ず生まれます。レーベルはこうした行動情報の本質を理解できなかったのです。私たちが提案したのは、離脱が生まれることを心配するよりも、離脱したユーザーの行動を理解する方が重要だ、というアイデアでした」

そうした提案を続ける中で、徐々に音楽業界の風向きも変わり始めてきます。

「Linkfireは、北欧のレーベルがいち早く採用しました。ユーザーが音楽にアクセスしたい時に、素早く誘導できる機能を評価してくれました。ユーザーが音楽を聴く場所は今後より細分化する、という音楽消費の変化を認識したからです」とアルカリは話します。今では、メジャーレコード会社3社ともLinkfireを企業採用するほど、グローバル音楽企業やアーティストのマーケティングで標準ツールの一つとなっています。

セグメンテーションで音楽マーケティングを最適化

一方でアルカリは、音楽業界は音楽マーケティングやプロモーションに対して新しいアプローチが必要だと、課題を指摘します。

「アテンション・エコノミーが競争過剰化しています。アプリ同士が、ユーザーの利用時間を取り合うのが現実です。そんな中で、ユーザーは好きな音楽を能動的に探すだろう、と期待しているだけの音楽業界の旧態然な考え方は、もはや現実的ではありません」

現代のレーベルは、音楽をリリースするだけで、プロモーションやマーケティングは終了ではありません。リリース後、そしてリリースとリリースの間も、ファンを音楽とアーティストにつなぎとめておくように、中長期的なアプローチが求められているのです。

アルカリは、レーベルのマーケティング担当者は、施策を作る上での考え方を広げる必要があると言います。どうすればファンの負担を減らせるか? どう音楽体験と利便性を向上できるのか? 何をすれば、より多くの音楽消費を生めるか? 再生とダウンロードから売上を向上する方法は?どうすればプロモーションキャンペーンの費用対効果を改善できるのか? こうした課題に向き合っていかねばなりません。

「2021年の現在では、ウェブサイトへ誘導する音楽キャンペーンは一般的ではありません。Linkfireのようなランディングページの活用が当たり前になっています。今では世界標準になりました」

アルカリは、音楽マーケティングの2021年のトレンドをこう話します。

「より多くのデータを取得できるようになったことで、セグメンテーションが向上しています。逆に、リターゲティングは時代遅れになってきました。データ視点でオーディエンスを詳細に理解できるので、マーケティングやプロモーションを最適化させる戦略を採用する企業が増えていますね」

データで変わるエンゲージメント戦略

音楽のプロモーションの基準はこれまで、レコード会社目線が中心でした。つまり、今までの売上や経験則といった属人的な情報に依存してきました。しかし、その方法では、現代のファンに届かないことに気が付き始めた事務所やレーベルは、別のアプローチに切り替えています。

「多くのレーベルのプロモーションは、やみくもに予算を大量投下すれば、売上や再生数が伸びるだろう、と効果を期待するだけです。ですが今は、再生数や売上を伸ばしたり、チャートに入る、といった明確な目的を実現するために、レーベルや事務所はファンの居場所と行動を分析し始めています。データを用いて、より正確なファンエンゲージメント戦略を作っています」

近年、音楽を知る場所と、聴く場所の細分化が進んでいる流れを、アルカリは重要視しています。

「ファンが音楽を見つける場所と、再生する場所の分断が年々進んでいます。近年はより複雑化してきました。Instagramも爆発的に伸びてきましたが、新世代の音楽ファンは、SnapchatやTikTok、UGC生成型のアプリで音楽を見つけています。それが現実です」

そして、「レーベルは事務所は今まで以上に、あらゆるファン層が時間を使う全ての場所で、音楽や動画コンテンツ、チケット購入のURLを見つけやすくすることが最も重要だ」とアルカリは語りました。

「コロナ禍で加速したトレンドは、あらゆるプラットフォームにコンテンツを置かなければ消費されない傾向が強まったことです。楽曲を短尺動画で投稿したり、ファンが交流できるプロフィールを更新しないと、ファンは別の作品やアーティストとエンゲージしていくので、接触機会を逃すことになります」

Linkfire活用の鍵はアトリビューション分析

「音楽マーケティングのトレンドとして一つ言えるのは、マーケティング担当者は、コンバーションが起こる場所の情報を正確に把握することは難しくなっている、という点があります」とアルカリは語ります。

「Linkfireでは、音楽におけるアトリビューションの問題を解決することが、マーケティングで最大の価値を生むと考えています。Linkfire以前、再生数やダウンロード数、チケット購入者のコンバージョンに関するデータを把握する方法は存在しませんでした。この数年、私たちは懸命にこの問題に取り組んできました。その結果、私たちはDSPと直接連携するようになりました。DSPのデータが取得できるよう機能を向上させました。DSP上のファンやユーザーの行動履歴が正確に可視化できるので、アトリビューションを活用しやすくなったのです」

実際、SpotifyやApple Musicなどではコンバージョンに関するデータは共有されません。ですが、LinkfireはDSPと専用の契約を結んでいます。

「Linkfireは、Apple Musicとは数年前からデータ・パートナーシップを結んでいます。YouTubeやYouTube MusicDeezerなどとも協業しています。私が知る限り、こうしたプラットフォームのデータが見れるのはLinkfireだけです。競合では見れないデータです」他にもAnghamiやBoomplayなど、新興のストリーミングサービスとも多角的にデータ連携していることもLinkfireの特徴です。

「DSPとのシステム連携によって、Linkfireでトラフィックを起こしたユーザーが誘導先のプラットフォーム内でどんなアクションをしたか、情報がレポートされてきます。この連携によりマーケティングキャンペーンの費用対効果の測定が容易になります」

日本人アーティストがLinkfireをいかに活用できるか?

(左)Linkfire アンドレア・アルカリ (右)Music Ally パトリック・ロス

日本人アーティストや、日本のレーベル、事務所の多くは既にLinkfireを活用しています。今後、マーケティングでLinkfireを活用したいアーティストや企業の担当者は、どのような活用方法ができるのでしょうか。

「日本では、Apple MusicがDSPでは人気ですね。例えば、Apple Musicを活用したマーケティングキャンペーンを展開する場合、Linkfireを使うことで、マーケティング費用に対してどれだけApple Musicの再生数に繋がったか、数値化することで見えてきます」

「取得したデータから仮説が立てられます。適切なDSPはどこで、どう再生数に繋げるべきか。再生コンバージョン率を上げるためにどれほど予算が必要か。Linkfireでは、仮説から施策展開、検証までの時間が短縮できるのです」

日本人アーティストのマーケティングやプロモーションは、一般的に国内向けが中心です。しかし、ストリーミングの普及によって、より海外を意識した日本人アーティストも増えてきました。

Linkfireでは、Apple Musicなどでの再生コンバージョンも数値化できる

「Linkfireはグローバルリリース向けのツールです。もし日本人アーティストがグローバルリリースを企画するなら、Linkfireではランディングページに表示できる音楽サービスを動的にカスタマイズできます。私はロサンゼルスにいますが、Linkfireを開くと、ランディングページにはPandoraが表示されるでしょう。同じLinkfireをイギリス人に送っても、Pandoraは表示されません。でも、もしイギリス国内のチケット販売サイトが設定されていれば、そのサイトが表示できます」

海外市場にマーケティングしていきたい日本人アーティストにとって、すでに世界標準なLinkfireを使うことで、広範囲に無闇な広告を打つよりも、コンバージョン経路の最適化が実現でき、再生に繫がるファン分析のコストや時間の効率化にも繋がってきます。

「ランディングページの最適化で、日本人アーティストは間違ったサービスにファンを誘導する心配が無くなります。AWAやLINE MUSIC、レコチョクなどが入ったランディングページをアメリカのファンに送るといった間違いは消えます。個別の市場のユーザーに最適なサービスだけが表示できます。適切なコンバージョンと再生数を促進できるのです」とアルカリは説明します。

高い透明性あるデータの需要

アルカリはまた、Linkfireがデータのプライバシー問題に長年取り組んできたことも強調しています。

「Linkfireでは、完全にプライバシーに配慮したシステム連携を運用しています。GDPRにも準拠しています。サービス開始時からプライバシー対応を徹底して行っています。個人情報は一切含まれていません。個人を特定する再生データはありません」とアルカリは語ります。

「透明性の高いデータに価値があることを、長年アーティストとDSPに理解してもらえるよう努めてきました」

インタビューの最後にはアルカリは、今後は日本人アーティストや日本のレーベル、事務所向けにLinkfire社内でサポートを強化していくことを述べました。質問や、機能の説明などいつでもリクエストしてくれれば対応する、と答えています。

世界ではデータツールとして標準化が進むLinkfire。日本人アーティストも今後、ストリーミングの再生アップや海外進出に向けての活用が広がるかは、レーベルや事務所のデータ分析への取り組みに左右されていくはずでしょう。