米国ナッシュビルで開催された、音楽業界向けカンファレンス「Music Biz 2024」では、Music Ally UKのパトリック・ロス (Patrick Ross)が、「音楽輸出を起こすためのグローカライゼーション」をテーマにしたパネルディスカッションでモデレータを務めました。本記事では、トークの内容をレポートします。
グローカライゼーションは、2023年、音楽業界でも大きな注目を集めました。各国でローカル音楽が成長し続ける一方、アーティストとグローバルレーベル、地域のディストリビューターが連携して音楽の海外輸出を活性化する、といった従来の手法とは違なる新しいトレンドや、次世代アーティストの成功事例が、グローバル戦略の中で徐々に広がりを見せ始めました。
登壇者は、ディストリビューター「EMPIRE」の西アジアおよび北アフリカ、ディアスポラ(WANA)地域の責任者であるスヘル・ナファル (Suhel Nafar)、ディストリビューション・プラットフォーム「DistroDirect」のビジネス開発およびUK、ヨーロッパ地域パートナーシップの責任者であるアンリエット・ハイムダール (Henriette Heimdal)の二人です。
パネルディスカッションでは、「グローバル」と「ローカル」を融合させたアーティストの海外展開戦略について、議論が交わされました。中でも、アーティストとディストリビューターとの連携、言語や文化を超える現代のコラボレーションを実現する方法、アーティストを海外市場へ輸出するための新しい音楽、スタイル、オーディエンスを創出する新しい方法が語られました。
EMPIREのナファルは、西アジアや北アフリカ地域から海外へ進出するアーティストの特性を次のように語りました「2023年、私たちはこの地域から400組のアーティストを配信しました。400組のうち、少なくとも90%のアーティストは、2カ国語で話せます。私たちが担当するアーティストの多くは「サードカルチャーキッズ」、第三文化の子どもたちです。そのため、文化に対する多様性を、早い段階から持ち合わせています」
「アーティストのミシャール・ターマー (Mishaal Tamer)が良い例です。彼は、サウジアラビア人とラテン系 (エクアドル人)のハーフで、英語でも、アラビア語でも、スペイン語でも歌えます。彼は、アメリカのバンド、ワンリパブリックのツアーで、オープニングアクトを務めています」
「MAROのようなアーティストもいます。彼は、アラビア語、英語、フランス語、ノルウェー語で歌えます。新世代のアーティストたちは、普段の生活の中で、異なる言語を話すことができるハイブリッドな存在です。海外輸出が実現しやすくなります」
DistroDirectのハイムダールは、アーティストが使う言語と、ローカル音楽市場の重要性を語りました「ヨーロッパは今、多くの変化が起きています。非常に魅力的です。20年前、30年前は、イギリスやドイツのチャートでは、常に同じ曲ばかりが並んでいました。しかし、最近は、ストリーミングサービスのチャートや再生において、それぞれの国で自国語コンテンツが急成長しています。私たちは、ソングライターやアーティストの多くは、自分の言語を用いることで、自分たちのオーディエンスに向けた音楽制作に注力していると考えます」
ナファルは、グローカライゼーションの課題として、「データ」を挙げます「データは、ローカル市場の状態や文化、音楽消費の実態を正確に反映しているとは言えません。例えば、パレスチナの村出身のシャディアル・ボリーニ (Shadial Borini) というアーティストがいます。彼は、ほぼ毎日、新曲をリリースしている、と言えるほど音楽を持っています。なぜなら、彼は結婚式で歌うアーティストで、結婚式の度に、『ザジャル』と呼ばれる伝統的な音楽スタイルを用いて歌うからです」
「このスタイルは、TikTokでトレンドになっていますが、実際は、プラットフォーム以外でも沢山生まれています。ローカル市場のファンダムこそが、本物のデータなのです」
ハイムダールは、ヨーロッパで起きている音楽の輸入について、次のように語ります「ヨーロッパ全体を見ても、言語的な観点から、興味深い変化が起こっています。スペインやポルトガルのような南ヨーロッパでは、ラテンアメリカと共通点が多く見られます。こうした国では、国内のローカルアーティストがストリーミングプラットフォームで苦戦しています。その代わり、ポルトガルにはブラジルから、スペインにはラテンアメリカ全体からのアーティストの輸入が見られます」
「イギリスは、何十年も世界的なスーパースター・アーティストを輸出できていません。最後に海外で成功した例は、デュア・リパかもしれません。直近のイギリス出身のグローバル・スターは思い浮かびませんね」