音楽とゲーム業界との間での企業間コラボレーションは、何十年も前から存在しています。
しかし、とりわけ2022年は、「音楽とメタバース」のコラボレーションの話題が絶えません。現在、「メタバース」は広くゲーム、VR、ARを包括する定義として使われています。
メタバースは今、NFT、ブロックチェーン・インフラストラクチャ、暗号通貨など、分散化技術やWeb3テクノロジーを軸とした幅広い領域と、その盛り上がりを反映しています。
例えば、The Sandboxのような分散型ブロックチェーン技術を使ったゲームでは、ユーザーは仮想通貨を使ってアーティストのNFTを買うことができます(懐疑的な声をあげる人たちは、くだらないもの、として一蹴してしまうかもしれませんが)。
メタバースと音楽のコラボが秘める可能性への期待は至る所で増大しています。実際、大手テクノロジー・プラットフォーム企業やゲーム企業、次々と登場するWeb3スタートアップまで、メタバース分野を探求する多くのビジネスや技術開発が現在進行形で行われています。
この記事では、Music Allyが独自の視点で注目するメタバース関連企業の中から33社を選び、紹介しています。
ビッグテック/ゲーム会社
01:Epic Games
Fortniteの生みの親であるEpic Gamesは、Marshmello、Travis Scott、Ariana Grandeなど、大勢のアーティストたちと一緒にゲーム内のバーチャルステージを使ったライブパフォーマンスを世界配信して成功してきました。小規模なゲーム内コンサート、Grand Theft Autoで始まったゲーム内ラジオ局も立ち上げています。
しかし、同社の音楽ビジネスの野望は、これだけに留まらないようです。2021年11月には、長年音楽ゲーム開発を行ってきたHarmonixを「Fortnite内での音楽体験とゲームプレイを開発」するために買収。続けて、2022年3月にはD2C音楽プラットフォームのBandcampを買収しました。
Epic Gamesはこの他にも、音楽ライセンス専門のスタートアップLickdにも投資しており、レディオヘッドと連携してゲーム開発ツールのUnreal Engineを活用したバーチャル音楽展示会を実現しています。
同社の中では、毎回同じバーチャルコンサートを開催するだけに留まらない、壮大な計画が進んでいるようです。つまり、Epic Gamesは、多種多様な音楽メタバース体験の中心地になることを目指しており、Epic Gamesが自社だけで開発するのではなく、アーティストが、他のアーティストのために開発できる世界を模索しています。これらのバーチャル体験を大規模に配信するためのデジタルストアもすでに運営しています。
02:Meta (前Facebook)
以前はFacebookとして知られていたMetaは、メタバースへの本気度が業界内でも非常に高く、社名も揃えて変更しました。音楽とメタバースにおいて、同社のVRの取り組みは、重要な役割を果たしています。
Metaはこれまで、音楽VRのスタートアップ2社を買収してきました。400万以上販売された世界的に人気の音楽ゲームBeat Saberの開発元であるBeat Gamesと、VRのパイオニアであるChris MilkのスタートアップWithinがローンチしたVRフィットネスアプリのSupernaturalです。
Metaには、バーチャル音楽コンサート専用のスペース「Horizon Venues」もあり、最近「Horizon Worlds」に統合されました。そして、Metaと音楽企業とで合意したUGCコンテンツを含む音楽ライセンス契約は、Instagram、Facebook、Messengerに加えて、Oculus VRビジネスも網羅しています。一方、2022年6月にローンチしたAvatars Storeは、アーティストのバーチャルグッズ販売としてのポテンシャルも秘めており、2021年に買収したRobloxスタイルのゲームプラットフォームCraytaの今後の展開にも注目が集まります。
03:Roblox
すでに広く知られた存在のRoblox。このゲームプラットフォームは、以前からアーティストやレーベルにPRしていました。同社の音楽部門のボスであるJon Vlassopulosが、2020年にMusic Allyへ「新規ビジネスを狙っています!」と語って以来、バーチャルパフォーマンスや、アルバム・リリースのキャンペーンなどで、音楽への野心を徐々に広げてきました。
Robloxの世界では、バーチャル空間でのライブ配信イベントから始まり、2020年9月に行われたAva Maxのアルバム発売イベントには120万人以上が訪問し、同社のプラットフォームが持つ潜在的なリーチを示しました。
以来、Lil Nas XやTai Verdesなどが、アバターを使ったパフォーマンスを行いました。ブリット・アワードやグラミー賞など、現実世界で開催される音楽アワードや、Electric Daisy Carnivalといった著名な音楽フェスティバルのマーケティングのアクティベーションも展開されました。
そして、Robloxの人気ゲームでは、音楽をユーザー同士が相互視聴するリスニングパーティーも開かれています。音楽出版社がRobloxに対して起こした訴訟は、幸運なことに和解に終わったようです。
Lil Nas XとZara Larssonの事例を見ると、バーチャル・アーティストグッズの販売が大きな売り上げに繋がる、という明るい結果も見え始めました。しかし、2022年4月に同社の音楽事業のキーパーソンであるVlassopulosが退社したことで、Robloxが音楽領域の取り組みをどのように継続するかに注目が集まっています。
04:Niantic
音楽やメタバースに関する話題の多くは、自己完結型のゲームや、VR世界に関するものですが、メタバースはデジタルコンテンツを現実世界に持ち込む拡張現実(AR)技術にも及んでいます。
Nianticは、モバイルARゲームの分野で、世界規模で成功した唯一のゲームであるPokémonGoを開発した企業として、ARの知識と技術力を持っていると言えるでしょう。2021年11月には、エド・シーランとアルバム『=』のローンチでコラボレーションを実施しました。最近、同社は音楽領域への関心を、さらに高めているようです。
2021年11月には、「Lightship」を発表しています。Lightshipは、開発者やブランドが独自のARアプリやARゲームを開発できるよう支援するソフトウェア開発キット(SDK)です。同ソフトを最初にテストした企業は、コーチェラ・フェスティバルや、ワーナーミュージックでした。Nianticは、音楽・テクノロジースタートアップのPixelynxにも投資しており、Lightshipを利用した音楽がテーマのオリジナル・ゲームを開発しています。
05:Riot Games
Riot Gamesは、eスポーツで使われる世界最大級のゲーム「League of Legends」を開発した会社であり、音楽ビジネスで長い歴史を持っています。
同社は、大規模なeスポーツイベントに以前から様々なアーティストを参加させてきました。また2018年から音楽ディストリビューターのFUGAと契約を結び、ゲームのサウンドトラックをDSPで配信するなど、音楽配信にも着手してきました。
同社はまた、自社の音楽配信事業と、楽曲ライセンス・スタートアップのSlip.Streamとの提携の両方を通して、Twitchで活動するゲーム実況者やクリエイターたちが、配信動画をテイクダウンされずに使える音楽を提供する、という事業にも取り組んでいます。
しかし、音楽とメタバースの視点で最も興味深いのは、Riot GamesがバーチャルK-POPアーティストのK/DAや、バーチャル・ヒップホップ・グループのTrue Damage、バーチャル・ヘビーメタル・バンドのPentakill(RAWK!)、そしてバーチャルインフルエンサーでアーティストのSeraphineと、立て続けにバーチャル空間と現実世界をかけ合わせたバーチャルアーティストを生み出して注目を集めている点にあります。
コンサートやeスポーツイベントなどライブイベントで実現するリアルとバーチャルが融合したハイブリッドなパフォーマンスや、同社のゲームでプレイ可能なキャラクターIPビジネスを生み出し、これらアーティストの新しい音楽を世界配信するという将来性高いサイクルにつながっています。
06:Unity
Unityは音楽業界ではあまり知られていないかもしれませんが、ゲーム業界では非常によく知られている存在です。
ゲーム業界では、同社の開発プラットフォームである「Unity」が、Epic Gamesが開発するUnreal Engineの主要なライバルになっています。Unityもライバルと同様に、自社のツールがバーチャル音楽体験の構築に役立つと考えているようです。
2022年3月には、Electric Daisy CarnivalやWonderlandなど人気音楽フェスティバル・ブランドを展開するライブイベントのプロモーション企業大手のInsomniac Eventsと提携、音楽パフォーマンスをバーチャル空間で実現するための「新しい永続的なメタバースの世界」を構築する計画を2社で発表しました。
07:アップル
これまでアップルがメタバースに関与してきたのは、アプリ配信ストアとして、他社のゲームアプリや、ARアプリ、VRアプリを販売するアプリ・ストアの運営と、ARアプリの開発を支援するARKitツールが主でした。
しかし、アップルが独自のAR/VRヘッドセットを開発しているという噂は、業界内で広く受け入れられています。すでに同社の取締役会でデモが行われたと考えられており、2022年後半か2023年にはデビューする可能性があります。アップルの歴史と文化を考えると、サードパーティーの音楽アプリからApple MusicのXR連携といった可能性に至るまで、音楽が重要な役割を果たすことは必然でしょう。
08:ByteDance/TikTok
TikTokのメタバースへの関与は、The Weekndと行ったMR(複合現実)形式のバーチャル・コンサートの配信などアーティスト中心の取り組みか、TikTokで使用できる様々なARエフェクトの開発や提供でした。この中には、レーベルやアーティストチーム、デジタルエージェンシーが使用できるTikTok独自のAR制作ツールも揃っています。
しかし、親会社のByteDanceのVR分野における計画に、さらに私たちは注目しています。2021年8月、VRヘッドセットメーカーのPicoを買収した同社は、2022年に入り、Pico Studiosという新しい部門を設立し、VRの分野での人材採用を盛んに行っています。
TikTok VR 、という構想は想像が付かないかもしれません。ライバルのMetaのVR戦略で音楽が非常に重要な位置を占めることを考えると、TikTokやByteDanceのVR計画でも、音楽が重要となることが想定されます。
09:Snap
Snapchatの親会社も、メタバースの取り組みとして、ARレンズの提供に注力しています。ARレンズは、口から虹が飛び出すエフェクトや、巨大な犬の舌が口から出るエフェクトなど、ローンチ当初は、ただ目新しいだけの存在でした。しかし、今ではSnapchatは、開発者やブランド、インフルエンサーがARで遊び、UGCコンテンツを生成するための創造的で革新的なプラットフォームへと成長してきました。
アーティストやレーベル、音楽に関連したマーケティングエージェンシーもSnapchatに参加しています。数々の新曲がARレンズとしてSnapchatでデビューし、このARツールを活用した投稿によって、1日平均60億回の「再生」が行われるほど、巨大なユーザーコミュニティが形成されています。
Snapは、レーベルや音楽出版社、音楽業界とのライセンスを武器に、第3世代のARグラスにも取り組んでいます。ARレンズに加えてロケーション・マッピングの技術や、ライブ音楽プロモーション企業との提携も進んでおり、現実世界をメタバースに連動させるためのさらなる方法を模索しています。
音楽サービス
10:Spotify
Spotifyは、世界最大の定額制音楽ストリーミングサービスであり、メタバース企業ではありません。しかし、この分野の探究はすでに進んでいます。
Spotifyは2022年5月、Roblox内で音楽メタバース空間「Spotify Island」を公開し、アーティストやレーベル、音楽会社とのパートナーシップを披露しました。バーチャル・グッズを販売するという取り組みにも着手する一方で、特定のジャンルやトピックに特化した「ハブ」アイランドを立ち上げてもいます。このハブ・アイランドの最初の試みは、最初にローンチされたK-Parkと呼ばれるK-Pop専用のバーチャル空間でした。
Spotify Islandは、同社の将来的なメタバース戦略を念頭に置いた学びと技術開発のためだったのか。それとも、カンヌ・ライオンを狙った話題集めを目的とするものなのかを判断するのはまだ時期尚早のようです。しかし、Spotifyと競合企業たちは、メタバース分野でもっと大きな戦略を考えるべきでしょう。ユーザーが今後、さらに多くの時間をゲームやバーチャル空間で過ごすことを考慮すれば、音楽ストリーミングサービスが新しい技術を開発して、企業同士のパートナーシップを結ぶことは理にかなっています。
11:Tencent Music
中国のTencent Musicは、QQ Music、Kugou、Kuwo、WeSingなどの音楽サービスを通じて6億人以上のユーザー(そのうち、8270万人以上の有料ユーザー)を抱える音楽ストリーミングの巨人となっています。そして、近年はライブストリーミング・アプリ事業を展開して収益化を実現しています。しかし、Tencent Musicは今年3月、初めてメタバース戦略について、投資家に説明しています。
2021年大晦日には、音楽を中心とした独自のバーチャルワールド「TMELAND」内で、バーチャル・フェスティバルを立ち上げ、今後もバーチャル・パフォーマンスやカラオケ大会を開催する予定です。2022年後半には、QQ Musicに独自のメタバース機能が加わり、ユーザーは「自分の音楽をバーチャルルームで再生したり、友達が訪れて一緒に音楽を聴いたり、楽器を一緒に演奏できる」ようになる機能が導入される予定です。また、アーティストがファンをTMELAND内で自分のアルバムを体験できる「バーチャル・ショールーム」も展開しています。
12:Napster
音楽ストリーミングサービスのNapsterはメタバースと興味深い関係にあります。2020年8月には、音楽VRのスタートアップMelodyVRが、Napsterと合併する計画を発表しました。新会社は、音楽パフォーマンスの映像をVRで再生できるMelodyVRの映像配信技術と、音楽ストリーミングを融合させる予定とのこと。
当時の宣伝文句には「没入感あるビジュアルコンテンツと音楽ストリーミングを組み合わせた世界初の音楽エンターテイメント・プラットフォーム」と書かれています。買収は2021年1月に完了し、同年4月にはNapsterの名前を残した新会社はユーザー数が500万人を超えたと発表していました。
しかし2022年5月、Napsterは再び、Web3領域のスタートアップのHivemindとAlgorandに買収されました。「アイコニックな音楽ブランドをWeb3に持ち込む」という言葉以上に、新しいオーナーたちの計画がWeb3とメタバース界隈でどの程度進んでいるかは、今も明らかになっていません。
スタートアップ
13:Splash
オーストラリアのスタートアップSplashは、以前はPopgunの企業名で、AI音楽スタートアップとして創業し、ユーザーとピアノデュエットを演奏する「Alice」という名前のAIを学習させてきました。その後、事業転換(ピボット)はしたものの、AI技術を活用した音楽事業が依然として同社の中心にあるようです。
SplashのAIは、ビートやループ、サウンドを作成するために多用されており、特にRobloxのゲーム内で、ユーザーがプレイするサウンドゲームの根幹となっています。SplashのサウンドAIを使ったゲームは、すでに数百万人以上のプレーヤーを集めており、同社は2000万ドル(約29億円、$1=144円換算)の資金調達ラウンドを実現しました。Splashはメタバースの中で、若いミュージシャンの新しい才能を育みたいと考えているようです。
14:Pixelynx
音楽メタバースのスタートアップ、Pixelynxの共同創業者には、電子音楽界の著名なアーティスト、Richie ’Plastikman’ HawtinとJoel ‘deadmau 5’ Zimmermanが名を連ねています。
2021年4月に「アバター・ダイレクトな」スタートアップとしてローンチしたPixelnxは、アーティストが実験的にバーチャルワールドをローンチする取り組みを中心に行ってきました。deadmau 5も自身のバーチャルワールドを展開しています。クラウド型インタラクティブ・プラットフォームのOorbitや、音楽XRのVoltaへの投資も行っており、今度は音楽とNFTを融合するゲーム「Elynxir」の開発にも着手する予定です。ゲーム開発において、Pixelynxは、前述のPokemon Goの開発会社のNianticからも資金調達を行っています。
15:Ristband
アーティストがスタートアップの共同設立者として参加する昨今の流れは、私たちも歓迎しているトレンドですが、Ristbandもその一例です。
同社の運営チームは数年前から、igirisuのインディーエレクトロニックバンドMiro Shotのコンサートで、ライブ音楽におけるARやVR、MR技術の活用に取り組んでいます。バンドのフロントマンであるRoman Rappakは、同社の創業者の一人で、最高クリエイティブ・オフィサーでもあります。
Epic Gamesが運営するクリエイティブ界隈向けの基金「Epic MegaGrant」から資金調達したRistbandは、すでに著名な大物アーティストやクリエイターではなく、インディペンデント・アーティストやDIYアーティストが利用できるよう設計されたメタバース用ツールを開発しています。
16:Wave
事業の発展に伴い社名を変えた企業がWaveです。以前はTheWaveVRとして知られてきました同社は、2016年にコンサートやDJセットで活用するVRアプリとしてローンチしました。
2019年には、VRヘッドセットを使う場面以外でもバーチャル体験ができるよう、事業転換し、同時にブランド名を変更しました。Waveは、アーティストやレーベル、マネージャーが魅力的なメタバース・コンテンツを制作することを支援し、それらをYouTubeやTwitch、TikTokなどの動画プラットフォームにストリーミング配信して、可能な限り幅広い視聴者にリーチできるようにします。同社の動画ソリューションを活用したアーティストにはジャスティン・ビーバー、リンジー・スターリング、The Weeknd、前述のRiot Gamesが展開するPentakillなどがいます。2020年11月にはWaveはTencent Musicから資金調達を行っています。
17:TribeXR
このスタートアップは、Techstar Musicアクセラレータープログラムの2020年メンバーの一社で、Music Allyでも注目してきました。TribeXRは、DJのテクニックを学ぶためのVRアプリで、プロが教えるレッスンや練習教材、バーチャルターンテーブルを完備しています。
同時に、TribeXRはパフォーマンス・ツールとしても機能し、ユーザーはDJセットを世界に向けてライブ配信することができます。TribeXRは、MetaのOculus Questアプリのサブスクリプション課金を利用する最初のスタートアップの一社で、2022年6月までに9万人以上のユーザーがレッスンを受けるために登録しました。TribeXRは現在はDJに焦点を当てていますが、音楽以外でもあらゆる領域のVR教育ツールとして長期的な可能性を秘めていると言えるでしょう。
18-19:The Sandbox/Decentraland
ブロックチェーンゲームや分散型仮想世界は、少なくとも宣伝文句や話題性の上では、急成長している業界です。その中でも「Sandbox」と「Decentraland」は、以前から音楽に関わっている最も顕著な事例です。
両社ともユーザーが自身の仮想の土地の一部を所有することで、NFTをデジタルアイテムとして機能させる側面も含んでいます。SandboxはSnoop Doggやワーナーミュージック・グループと提携しており、Sandbox内で空間開発を進めています。
一方、Decentralandは2021年に独自の音楽フェスティバル「Metaverse Festival」を主催するなど、バーチャルクラブやコンサートを含む様々なイベントを提供しています。両社が暗号通貨やNFTコミュニティを超えてメインストリームの音楽ファンに価値をアピールできるか、今後に注目です。
20:FitXR
イギリスを拠点とするこのスタートアップは、ボクシングをベースとしたVRフィットネスアプリのBoxVRとして誕生しました。2020年7月に750万ドル(約11億円、$1=144円換算)を調達して、社名をFitXRに変更。ダンスや高強度インターバルトレーニング(HIIT)などのエクササイズにも拡大してきました。
フィットネスやトレーニングなどの運動を盛り上げるサウンドトラックとして、音楽は常に同アプリの中核を占めてきました。FitXRが取り扱う音楽は以前は主にプロダクション音楽でしたが、2021年7月にはワーナーミュージックやソニーミュージック、Spinnin’ Records、Defected、Armad Records、Hospital Recordsなど、レコード会社とライセンス契約を結び、豊富な楽曲カタログをフィットネス・プログラムにライセンスする流れに変わりました。
21-22:Anything World/Solace Vision
このスタートアップ2社は似た分野で事業を展開しているため、一つにまとめて紹介します。二社のうちAnything Worldは、ユーザーが音声コマンドを使って3D空間を生成する、という野心的な技術をMusic Allyでも以前紹介しました。
現在まで、同社の技術はアーティストが簡単なプロモーション・ゲームをローンチするなど、商業的な利用が増えてきました。ワーナーミュージック・グループなどから投資を受けたことで、可能性は今後さらに広がるでしょう。
Solace Visionはさらに新しいスタートアップで、音声ではなくテキスト入力から3D空間を生成するツールを開発しています。Techstars Musicアクセラレーター出身の同社は、音楽との連携が同社の次の狙い、だと示唆しています。
23:XRSpace
XRSpaceは2020年、テクノロジー企業HTCの元最高経営責任者だったピーター・チョウが設立、「XRSpace Mova」と呼ばれる独自のVRヘッドセットを発売しました。
同社はハードウェア用にコンテンツ開発にも取り組んでいます。2022年には、1万7000以上の音楽動画のカタログを使ったPartyOnという、カラオケができる「音楽パフォーマンス・メタバース」を中国でデビューさせました。中国ではオンライン・カラオケが人気ですが、メタバースでも人気のある活動となるか、注目です。
24-25:Supersocial/MELON
Robloxの興味深い点のひとつは、メタバースに参加する開発者たちのコミュニティです。その多くは、Roblox内でゲームや仮想世界をつくり出すという取り組みを続けています。
そんな中で、アーティストやレーベルと協力して、Robloxや他のメタバース・プラットフォーム上での体験を構築している専門のWeb3エージェンシーが多くあります。Supersocialは2021年、ワーナーミュージック・グループを含む企業やWeb3界隈の投資家から520万ドル(約7.5億円、$1=144円換算)の資金を調達しました。
Melon(同名の韓国の音楽サービスとは別)も音楽クライアントの多いクリエイティブ・エージェンシーです。今年初めに開催したカンファレンス「NY:LON Connect」で登壇したMelonの社長Josh Neuman(88risingの共同創業者)は「クリエイティブなアウトプットが爆発的に増加するでしょう(中略)自分で手を動かすアーティストたちは、メタバースのポテンシャルを本気で探りたいと考えています」と予測しました。
26:Sensorium
Sensoriumは、Sensorium Galaxy傘下で仮想世界を相互接続するという野心的な計画を抱えているスタートアップです。2019年に7000万ドル(約100億円、$1=144円換算)を調達して以来、同社は人気DJたちのアバターを作り、バーチャル空間でパフォーマンスを世界に配信しています。これまでにDavid Guetta、Carl Cox、Armin van Buuren、Charlotte de Witte、Steve AokiらがSensoriumの3Dバーチャル・ライブに参加しています。Sensoriumは、AIが作った音楽を演奏する仮想DJも開発しています。2021年12月、その1人であるKàra MàrがSpotifyでアルバムをリリースした世界初のバーチャルDJとなりました。
27:AmazeVR
これまでもMusic Allyで紹介してきたAmazeVRですが、同社の資金調達能力に多くの焦点を当ててきました。2020年には、K-POPマネジメント会社のYG Entertainmentからの投資に続き、2021年4月に950万ドル(約14億円)、2022年1月にさらに1500万ドル(21.7億円)の資金調達を行っています。
これだけの資金を使って何をしているのでしょうか。一つは、Megan Thee Stallionの「Enter Thee Hottieverse US Tour」の支援です。ファンはチケットを購入し、米国中の映画館でVRヘッドセットを使ってライブパフォーマンスを体験できるコンサート体験を実現させています。個人がVRヘッドセットを所有する必要はありません。AmazeVRは、2024年までに、毎週新しいVRコンサートを家庭用にも劇場用にも配信できるように目指しているとのことです。
28:Endless
イギリスのスタートアップであるEndlessは、メタバース企業として誕生したわけではありません。2019年の時点では、ユーザーが電子音楽を作り共有するための便利なアプリでした。
その後、EndlessはWeb3技術に軸足を移し、音楽をNFTに変える技術の可能性を探っています。Music Allyで注目したいのは、同社のCEOのTim ExileがMusic Allyに寄稿したゲストコラムで説明した、同社のメタバース関連の事業戦略です。「人々の注目を集める話題性あるコンテンツを生成するためではなく、メタバースでこそ実現可能な人々の創造性のアウトプットは、シンボルや物語、体験という形になるでしょう。Endlessが目指すアウトプットは、人々が集まる空間の価値と、人々のステータスを象徴的な形で表現していきます」
29:Stageverse
StageverseはAmazeVRのように、アーティストがVRコンサート体験を作る活動を支援しようとしています。
Stageverseは、2021年9月に750万ドル(約11億円)の資金を調達しました。同社の技術は、ロックバンドのMuseが配信したバーチャルコンサート「Muse:Enter The Simulation」体験に活用されています。2019年にMuseが行ったコンサート・ツアーで録画された映像を使い、16個の異なるカメラ視点でのコンサート視聴、チャット機能、バーチャルグッズの購入機能をファンに提供しました。以来、Stageverseの目標はさらに拡大したようです。あらゆるブランド、そしてアーティストがバーチャル体験をローンチするためのプラットフォームを目指しており、Sandboxのようにバーチャル空間の土地売買も計画しているようです。
30:Volta
VoltaもTechstars Music出身のスタートアップです。ライブストリームにMRの要素を加えたいアーティストのための制作ツールという点では、Waveに近いと言えるでしょう。VoltaのアプリをAbleton LiveやTraktorなどの音楽ソフトウェアに接続して、アーティスト本人やアーティストチーム自ら「リアルタイムでインタラクティブなパフォーマンス」を生成し、YouTube、Twitch、TikTokなどのプラットフォームにストリーミング配信できます。これまでにImogen HeapやBlessed MadonnaなどがVoltaで配信を行ってきました。また、PixelynxやBeatportのCEOのRobb McDanielsなど企業や投資家から、2022年初めに300万ドル(約4億円)を調達して、配信技術の開発を継続しています。
31-33:Soundr/Strangeloop Studios/Authentic Artists
最後に、メタバースと、従来のSNS、動画、ストリーミング・サービスを行き来して、パフォーマンスの配信とファンとの交流を実現するバーチャル・アーティストという「合成現実(synthetic reality)」という取り組みを行うスタートアップを紹介しましょう。この分野は前述のRiot Gamesが取り組んできた分野です。
Soundr、Strangeloop Studios、Authentic Artistsの3つのスタートアップは、それぞれが異なる角度でこの分野に取り組んでいます。Soundrは2021年7月に、アバターアーティストと「契約」し、彼らの音楽の配信とNFTのローンチを行い、様々なゲームや仮想世界にバーチャルアーティストを送り出すレーベルとして誕生しました。
Strangeloop StudiosもTechstars Musicの卒業生で、Spirit Bombというバーチャル・アーティスト専用レーベルとして様々な「分散型バーチャル人間」をアーティストとして契約しています。そしてもちろん、NFT展開もされます。
最後にAuthentic Artistsです。同社は2021年にJames Murdoch、Mike Shinoda、Robloxの最高ビジネス責任者のCraig Donatoなどから資金調達し設立されました。すでに契約するバーチャル・アーティストは12人。その中には「ローファイ好きのサイボーグから、エネルギッシュなイグアナDJまで」多様なアーティストが在籍しています。
同社は、ワーナーミュージック・グループを含む投資家たちから資金調達しています。この分野の将来性で重要なのは、アバターで活動するバーチャルアーティストが音楽チャートで人間のアーティストと競い合うことではなく、仮想世界やゲームでバーチャルアーティストがどのようなクリエイティブな活動ができるか、ということに業界は注目しています。
リストは以上です!最後に一言だけ付け加えさせて下さい。
Music Allyは、音楽とメタバースで何が起きているのか、常にウォッチしています。私たちはこれらの企業が何をしているのか、どこへ向かうのか、を考察していきたいと考えています。しかし、私たちがこの分野における課題に目を瞑るわけではありません。メタバースやWeb3における音楽のライセンスの複雑さ、巨大な仮想世界とゲームの間の相互運用性の欠如など、課題は山程あります。
私たちはまた、メタバースが音楽産業に革命をもたらす、とする主張にも警戒しています。音楽業界は、こうした新興テクノロジーに何度も何度も興奮しては失敗してきているからです。
それでも、人々の仮想世界やゲームで過ごす時間が増えていることは事実です。次世代の音楽ファンはMinecraft、Roblox、Fortniteを自分たちが過ごしやすいソーシャル環境として、成長していくでしょう。少なくともパンデミックの間にそうした人はさらに増えるでしょう。
この企業リストが面白いと思った方も、極めて懐疑的な方も、ここで言及された企業や、周辺の企業が、今後数カ月、さらに数年間で何を行うのか、観測しても面白いはずです。例えiPodの父であるTony Fadellのように「メタバースなんか糞食らえだ」という飛躍的に懐疑的な意見だとしても、観測するだけの価値はあるはずです。
翻訳:塚本 紺
編集:ジェイ・コウガミ