
第67回グラミー賞では、ビートルズが通算8回目のグラミーを受賞しました。2023年11月に配信した楽曲「Now and Then」は、AIの活用が明確に認識された楽曲として初めてグラミー賞にノミネートされました。そして、今回、グリーン・デイやパール・ジャム、ザ・ブラック・キーズ、セイント・ヴィンセント、アイドルズといったアーティストを抑え、「最優秀ロック・パフォーマンス賞」を受賞したのでした。
楽曲は、1970年代後半にジョン・レノンが録音したデモ音源を基に、1990年代にポール・マッカートニー、リンゴ・スター、ジョージ・ハリスンが追加演奏を行い、アンソロジー・プロジェクトでの収録を目指しました。しかし、1990年代当時の技術では、雑音の除去や、ステム音源の生成など、幾つかの制約が重なり、正式にリリースされることはありませんでした。その後、2022年に入り、映画監督のピーター・ジャクソンが2021年に公開したドキュメンタリー映画『ザ・ビートルズ: Get Back』を制作した際、彼のサウンドチームが開発した「デミックス」を行うAI技術を用いて、楽曲が完成しました。
楽曲制作に用いたAIは、人工的に楽曲や音声、歌詞、演奏を自動で作る音楽生成AIモデルとは全く異なります。ピーター・ジャクソンのチームは、機械学習のアルゴリズムを開発し、ジョン・レノンの録音からボーカルやピアノ、ノイズを分離させクリアな状態に変換することに成功し、クオリティの高い音源を基にポール・マッカートニーとリンゴ・スターがその他のパートやボーカルを加えました。
今回、「Now and Then」の受賞は、まさに音楽業界がAI企業との適切なライセンス・モデルや、AIの活用方法を模索し、AI生成の音楽や制作過程について議論が加熱する時期を象徴する出来事となりました。AIの活用は音楽業界でますます進んでいる一方、導入を支持しない声も以前多く存在しています。AIの開発者からの支援を受けて、アーティストのカタログ作品や、故人の遺産を未来に残すための芸術的表現を行う意味で、本作は今後の事例として議論されていくこととなるでしょう。
グラミー賞を運営するレコーディングアカデミーでは、AI支援された楽曲や、AIで生成された音楽のノミネートの可能性について、議論されてきました。この議論には、アーティストやレコード会社、ストリーミングサービス、テクノロジー企業などが参加し、意見交換を行ってきました。