ワーナー・ミュージック・グループの録音原盤チーフ・イノベーション・オフィサーであるスコット・コーエン氏は、COVID-19の世界的大流行が、ライブ音楽業界にとって「ナップスター的瞬間」になる可能性があると考えている。コーエン氏は、ソーシャル・ブロードキャスティング・カンパニーが開催したオンライン・パネルで自身の意見を述べた。
「此度のCOVID-19は、ナップスターが録音原盤業界にもたらした混乱と同じ混乱をライブ業界にもたらしつつあるのでしょうか?」とコーエンは投げかけた。「以前、録音原盤業界は順調に進んでいましたが、ある時、違法ダウンロードという外力が発生し、新しい環境にどう適応すれば良いかが大きな問題となりました。我々は何をする必要があるのでしょうか?COVID-19はライブ業界にとってのナップスター的瞬間となり、『どうやって今の環境に適応すればいいだろうか?運用方法をどのように変えればいいか、これからはどんなものが刺さるようになるだろうか』といったことを考える必要が出てくるのでしょうか?」
率直にいうならば、オンライン・パネルの残り時間で示されたように、問題は、これら質問に対する回答がまだ実際には存在しないことだ。VRが答えでないことは、ヘッドセットの売り上げの急増や、ヘッドセットを被ることで、さらなる物理的な隔離を求める声がないことからも明らかだ。また、「今や皆がライブ配信を視聴している」と大声で触れ回るのも、実際に「皆」の何パーセントが視聴しているのかを示す確実なデータが存在せず、また、感染拡大が起こる前からライブ配信でオーディエンスを大勢惹きつけていたスターの配信を再生しているオーディエンスが大半かどうかについても確実なことが言えない現状では、やめておくべきと言えるだろう。
確かに、音楽を含め、ライブ動画周りでは、エネルギーの爆発と革新が起きている。大きな数字が出てきていることも事実だ。例えば、イタリアのテノール歌手であるアンドレア・ボチェッリは、YouTubeで行ったクラシック・ライブ・パフォーマンスで、280万人の同時視聴者数を記録し、YouTubeのクラシック分野のライブ配信における最大同時視聴者数記録を更新している。他にも、ソーシャル・アプリのTrillerによると、最近開催されたバーチャル音楽フェス「Trillerfest」は、3日間で500万人以上のオーディエンスを魅了し、「史上最も成功したオンライン音楽フェスティバル」となったという。
ライブ配信ブームは実際のライブが開催可能になったら衰退するのではないかという懸念を持っている人もいることだろう。しかし、ビルボードが発表した、Bandsintownがユーザー7千人に実施した調査結果では、回答者の74%は実際のライブが再開された後も、定期的にライブ配信を視聴し続けると述べているという。また、回答者の40%以上が、以前はライブ配信イベントを見たことがなかったと答え、70%以上がアーティストのライブ配信にお金を払う気があると答えているとのこと。もちろん、人々が回答したことを実際にやるかどうかは、定かではない。オーディエンスがライブ配信を引き続き視聴するかはコンサートが再開した時に、オーディエンスがお金を支払うかどうかは実際に彼らがバーチャル上で投げ銭などをする時に、初めてわかることだ。
しかし、現時点では、物理的なライブがいつ再び開催可能になるか、全く見通しが立っておらず、しばらくは、オンラインにおける代替案の実用的な方法に焦点を当てる必要があると言えるだろう。ちなみに、ヘビーメタルやハードロックに関するニュースを扱うBlabbermouthは「ライブ・コンサートは2021年秋まで復活できないかもしれないとヘルスケア・アドバイザーが語る」という記事を発表している。
では、あらゆる規模のアーティストは、どのようにして視聴回数を収益に変えれば良いのだろうか?ファンは、バーチャル・イベントに何を期待していて、ファン自身の経済的不安および体力を考慮した上で、何にお金を支払ってくれるだろうか?ライブ開催自粛が予想よりも長引く場合、一回限りのライブ配信をどのように長期的なバーチャル・ツアー戦略に変化させることができるだろうか?その間、プロモーター、会場など、ライブ業界で働く人々は、どのように生き残り、自粛期間が明けた時に運営を再開すればいいのだろうか?
COVID-19がライブ音楽業界に与える影響と、ナップスターによるファイル共有化が最初に実施された時を比較したコーエン氏の見解は、間違いなく正しいと言えるだろう。上手くいけば、今回の困難がアーティストやファンに真に役立つイノベーションをさらに引き出すための刺激となる可能性もあるだろう。
例えば、ヨーロッパの音楽企業及び団体は、「#NextStageChallenge」と呼ばれる二週間のハッカソン(※ハック(hack)とマラソン(marathon)を組み合わせた造語で、 ソフトウェア開発関係者が、 短期間集中的に開発作業を行うイベント)をローンチすることで、COVID-19が音楽業界やミュージシャンにもたらした課題に対する解決策を見つけようとしており、Music Allyもオーガナイザーの1社として関わっている。
しかし、同時に、理由があってニッチに留まり続けている一部のテクノロジーにとっても変革の瞬間となるか否かについては、注意深くあるべきだろう。つまり、基本的にはVRが答えだと騒ぎ立てる没入型テクノロジーのエヴァンジェリストには慎重に対応すべきということだ。
コーエン氏は、テクノロジー自体だけでなく、テクノロジーを使用して繋がろうとするクリエイティブな人々が鍵となると語る。「問題を解決して 輝くアーティストになるのは誰でしょうか?」同時に、これらのアーティストに真に貢献するテクノロジーを開発するのは誰になるか、注目が集まる。